有事に備えるスウェーデン
全480万世帯に小冊子配布
抵抗を放棄しない決意示す
スウェーデン政府は、「危機と戦争が勃発する場合」と題する小冊子を印刷させ、5月18日から6月3日までの「危機準備週間」中に全スウェーデン480万世帯にこれを配布した。
この小冊子は、なかんずく、如何(いか)にして市民が些少(さしょう)な支出で高カロリー食を料理し、きれいな飲料水を獲得し、あるいは非常事態において相互通信を行うかについて回答している。これに加え、読者には、警告シグナルの意味、防空地下シェルターの場所、必要な場合における国民の国防への自らの参加義務等が明らかにされる。さらにテロ攻撃やサイバー攻撃の場合における国民の適切な行動も指摘されている。
この小冊子の内容は、スウェーデン国防省に所属する民間防衛局(MSB)によって作成された。前文によれば、この小冊子の目的は異常気象から軍事紛争に至るまで全てに住民を準備させることである。住民はこの小冊子を大切に維持することが要請されている。
この小冊子の目標は、極限状態故に、必ずしも全てが通常通り機能しない時に、例えば大規模自然災害、極端な気候変動、IT攻撃および軍事紛争の際に、如何にして水、食料および他の生活必需品を入手するかについてスウェーデン国民に仲介するところにある。
小冊子によればスウェーデンは他の諸国と比べて依然としてより安全ではあるが、それでもなお安全と独立に対する脅威は存在する。十分な準備は、非常事態の重圧に対応するための鍵である。「偽情報」の認識方法や気候変動の帰結についての情報も提示されている。
既に第2次世界大戦中(1943年)にスウェーデン政府は、住民にこの種の小冊子を配布していた。この小冊子は1961年に至るまで改定補足され、配布された。それ以降、冷戦の終焉(しゅうえん)を含めて、50年以上にわたって、この種の小冊子は配布されなかった。2018年の最新版は、住民に全ての生活必需品を備えることを勧め、しかもそのためのチェックリストまでも表示している。
大災害やテロ攻撃のごとき緊急事態における対応と並んで、一つの章は、敵の在り得る軍事攻撃への対応を提示している。ここでスウェーデン国民は戦時に軍人として国防への奉仕が呼び掛けられている。ここでは戦闘機、戦車、ヘリコプター等や兵士たちが表示され、敵のスウェーデンに対する軍事攻撃と並んで、攻撃対象となったスウェーデンが決して抵抗を放棄しない決意が示されている。「スウェーデンが抵抗を放棄したとの全ての情報は、偽情報である」。
この小冊子の特徴は①戦闘機および消防隊の消火活動の記述が世界の現状の深刻さを教示している②戦争、テロおよび偽情報が中心に置かれている③非常時の生き残りのために不可欠な物資(水、食料その他)が示されている④サイバー攻撃から戦争に至る可能性とこれらへの対応が記述されている⑤16歳から70歳までの全ての男性に兵役が義務付けられていることを示している⑥軍は常時最高の出動態勢に置かれていることが示されている⑦非常時における防空シェルターの場所が表示されている⑧必要な電話番号が表示されている―点である。
また、偽情報について「諸国はわれわれの諸価値や行動に影響を与えるべく偽情報の利用を試みている。その目標はわれわれを守ろうとする意欲と回復力の削減であろう。偽情報と敵対宣伝に対する最善の保護は情報源に対する批判的見方を心掛けることである」と指摘。具体的には①これは事実情報か、あるいは意見か?②この情報の目的は何か?③この情報源は誰か?④この情報は信頼に値するか?⑤この情報は別の場所からも入手できるか?⑥この情報は新しいか、古いか?しかも何故まさに今流布されたのか?―を考えるよう勧めている。
この小冊子は、スウェーデンの安全保障問題が活発に論議された2014年の結果である。当時はロシアによるクリミア併合、東ウクライナの軍事紛争が勃発し、安全保障の再評価が議論された。ロシアの戦闘機がスウェーデンの空域に侵入し、ロシアの潜水艦が同様に領海に侵入する現象がたびたび見られた。
スウェーデン政府は、16年には再び軍事支出を引き上げ、17年には大規模な軍事演習を行った。周知のごとくスウェーデンは200年以上にわたって戦争していない。第2次世界大戦中は中立であった。それでもなお。あるいはそれ故に、この小冊子によれば、スウェーデンは「攻撃された場合、決して抵抗を放棄しない!」ことをここで再確認している。
既に指摘したようにスウェーデン政府がこの種の小冊子「危機と戦争が勃発する場合」を全戸480万世帯に配布した背景には、周辺国ロシアがクリミアの現状を力によって変更し、しかもウクライナの内乱に武力介入を試みた事実が挙げられる。わが国も、このような事実を他山の石として参考にすることが望まれる。
(こばやし・ひろあき)






