英国100億ポンド長者、4人のユダヤ人
獨協大学教授 佐藤 唯行
移民出自、ロシアが稼ぎ場
歴史の中で培ったリスク志向
在英大富豪の財力を示す資料が毎年5月、英紙サンデータイムズに掲載される長者番付だ。最新の2020年版によれば個人資産100億ポンドの大富豪は僅(わずか)に12人。そのうちユダヤ人は4人。実に3分の1を占めている勘定だ。英総人口の0・4%にすぎぬユダヤ社会の人口規模からすれば、途方もない大富豪輩出率だ。近年、グローバル経済におけるインド系、華人系の目覚ましい台頭を前に影が薄くなったと思われたユダヤ系だが「やっぱり強かった」のだ。
旺盛なユダヤ意識持つ
4人のうち、世の注目を最も集めたのが名門サッカーチーム、チェルシーを買収したロマン・アブラモヴィッチ(第12位)だ。ソ連崩壊後の混乱の中で国営企業民営化を好機とみてエリツィン政権にすり寄り、ユダヤ仲間と組み石油企業を買収し富の土台を築いた。一族発祥の地はリトアニアだがソ連による併合後、両親はシベリアに追放され、そこで彼は生まれた。在露ユダヤ協会会長を務め、旺盛なユダヤ意識の持ち主として知られている。
アブラモヴィッチと同じくプーチン政権下、従順な姿勢を貫き「新興財閥叩(たた)き」を免れ、英国へ移住したのが第11位のミハイル・フリードマンだ。ウクライナ出身で後述する同郷のブラバトニックと組み、1997年、シベリアの国営石油企業TNK民営化に際し買収を成功させたことで富の礎を築いた。エリツィン再選を資金面で支えたことで得たコネがモノを言ったのだ。在露ユダヤ協会副会長を務め、ロシア語圏ユダヤ世界に住む若者たちのユダヤ意識を高める国際的活動に巨額の献金を続けている。
第4位のレン・ブラバトニックは78年、共産主義の将来に見切りをつけ国外に脱出。旧ソ連からの脱出組で西側のビジネス戦略を経営大学院で学んだ最初の世代だ。共産主義崩壊後のロシアを稼ぎ場としている点では上記2人と共通している。同じウクライナ出身の新興ユダヤ財閥ベクセルバーグと組み、石油・アルミ等の資源関連から娯楽・メディアへと幅広く投資。ユダヤ意識は強く、低所得のイスラエル人5000家族に毎月食糧支援を続けている。
最後は第2位、個人資産160億ポンドのルーベン兄弟だ(番付では兄弟でも一人分としてカウントされている)。イランのユダヤ人迫害を逃れた両親のもと、亡命先のインドで生まれ、その後英国へ移住した文字通り「流転のユダヤ人」だ。上記3人との共通点は投資先がロシアという点だ。兄弟は資本主義システムが産声を上げ始めたロシアに最初に飛び込んだ英国籍の企業家であり、巨大アルミメーカーの買収に成功したのだ。
4人の共通点は移民出自である点だ。とりわけ旧ソ連出身者が4分の3を占めているのは興味深い。3人はプーチンに恭順を示すことで生き残り、今なおロシアを主たる稼ぎ場としているのだ。彼らが合衆国でなく英国を安住の地に選んだ理由は、ロシアとの往来の利便性だけでなく、プーチン政権側の悪感情を招かぬためであろう。何と言っても合衆国はロシアにとり「第一の敵」だからである。彼らはいずれも旧ソ連の社会主義崩壊を千載一遇の好機と認識できた者たちだ。
混沌の中から大儲(もう)けのタネをかぎ当てる嗅覚の持ち主であると同時に、リスク覚悟の大勝負に出たのも共通している。そのビジネス行動からはユダヤビジネスに特徴的なリスク志向の強さが見て取れる。ユダヤ人がリスク志向を身につけた背景は明白だ。ひと昔前までユダヤ人の人生は非ユダヤ人の人生と比べ、より危険に満ちていたからだ。危険を恐れていては暮らしてゆけないのだ。
継承される企業家資質
幼くして両親を失い追放先のシベリアで壮絶な前半生を歩んだアブラモヴィッチを筆頭に、彼らはいずれも混沌の中でもまれた者たちだ。常人には及ばぬリスク志向を身につけたとしても不思議は無い。リスクを恐れぬ大胆さはユダヤ人が長い歴史の中で培ってきた重要な企業家的資質だ。21世紀英国ビジネスの最前線で巨富を築いた旧ソ連出身者の中にも、確かにその資質は受け継がれているのである。(敬称略)
(さとう・ただゆき)