国防費の増額続ける中国
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
覇権志向の習軍事改革
南シナ海・台湾情勢も背景に
第13期全国人民代表大会第2回会議(全人代、国会に相当)は、経済成長率の低迷や米中貿易戦争という内憂外患の中で開催され、15日に対米融和姿勢を強調して閉幕した。全人代では初めに李克強総理による「政府活動報告」が額の汗をぬぐいながら公表された。そこでは「中国の発展が直面する環境には複雑さと厳しさが増している」との認識の上に「2019年の国内総生産(GDP)成長率の目標を6~6・5%」と下方修正し、さらに経済成長の鈍化に対しては、インフラ整備、民営企業支援、減税や1500万人の雇用拡大など盛りだくさんの政策が強調された。また都市部の失業率を抑え新規雇用を1100万人以上とし、農村の貧困人口を1000万人以上減らす、住民所得の伸び率を経済成長率とほぼ同じにし、消費者物価の上昇率は3%前後とする等、ネット時代を迎えて国民の身近な生活改善への気配りが目立っていた。
また米中貿易戦争に関しては、中国はやっと米国の本気度を読み取って対応姿勢を変えてきたのが今次報告に表れていた。現に政府報告では、「世界貿易機関(WTO)の改革に積極的に参与する、中米経済貿易協議を引き続き進展させる、中国は互恵協力・ウィンウィン発展を旨として協議による貿易紛争の解決を一貫して追求する、約束したことは真摯(しんし)に履行する」等、これまで米側から指摘されてきた課題に対する反省文のような報告が反復されていた。
その上で国防分野では「政治主導の軍隊建設を推進する。軍民融合の発展戦略を実施し、国防科学技術革新のペースを加速させる」とされ、膨大な財政赤字にもかかわらず、過去最高の1兆1900億元(約19兆8000億円)と米国に次ぐ国防予算が計上された。
今次の政治報告は国政が直面する課題に総花的な対応が盛り込まれていたが、注目点では、激化する米中貿易摩擦への融和的な政策と国防費の増額が目立っており、本稿ではその国防予算に絞って検討しておこう。
中国の国防費については中央政府分と地方政府分に分かれているが、その大半を占める中央政府分が3月5日の予算報告で、19年の国防費は、経済成長率が6・6%と28年ぶりの低迷や国家の財政赤字が2兆7600億元に急増する中で前年比7・5%増であったことが注目された。これでわが国の防衛予算の4倍弱に増えたことになる。
全人代の張業遂報道官は4日の記者会見で「国防費の適度な増加は国の安全を守るために必要だ」と強調し、「GDP比の国防費は1・3%にすぎず、他国の脅威にはならない」とも訴えた。しかし中国は国防費の内訳を明らかにしておらず、近隣諸国からは透明性を欠くとの批判は続いている。豪国立大学戦略防衛研究センターのS・ロゲベーン氏は「これまで中国軍は国境防衛のため、と主張してきたが、軍の機能は拡大傾向にあり、遠隔地への展開能力の強化への国防費投入に懸念」と指摘している。
ここで、中国の国防予算には最新兵器の研究開発費が含まれていないとの見方は看過できない、兵器開発経費はここ数年「絶え間ない上昇傾向にある」との指摘もあり、国防費の実態は公表額の2~3倍との見方があることを指摘しておきたい。
それでも中国は何故、国防費の増額を続けるのか、その理由の第1として、習近平国家主席肝煎りの軍事改革の推進に要する経費増が考えられよう。17年秋の19回党大会では今世紀中葉までに「世界最大の国力と影響力の構築(覇権)」の目標が掲げられ、それを支える軍事力強化が目指されて軍事改革に繋(つな)がっている。その習軍事改革は、大規模な解放軍の改革として組織機構の改革が断行された。次の段階としての戦力強化が「新時代の統合戦争に勝てるよう軍の近代化」としても求められており、ステルス戦闘機や空母、対衛星ミサイルなど新型軍事力の開発を進めている。現に18年には空母建造の他に新型のミサイル駆逐艦「055型」2隻が進水するなど国防費は世界から注目を集めていた。
第2の理由としては党軍のもたれあい関係にある。中国では解放軍は共産党と並ぶ強大な権力構造であるが、強大な軍部を「党が鉄砲を指揮する」原則で抑え込む見返りとして軍部慰撫のための国防費増額という側面もあろう。
第3に南シナ海での情勢緊迫や台湾問題の緊張化という背景に、中国の軍事力強化が急がれているのではないか。実際、習主席は本年1月2日に40年ぶりに「台湾同胞に告げる書」を発出して台湾統一の推進を謳(うた)っていた。現に政府活動報告でも「台湾の独立を求めるいかなる分離主義者の計画・活動にも断固反対し、中国の主権と領土保全を断固守る」と述べており、台湾海峡の緊迫化の憂慮に繋がる。
このように中国の国防予算増は、米中角逐の収まりが見えない中で、トランプ大統領の次年度国防予算7500億ドル(83兆円)の要求になり、軍拡競争にも繋がりかねない。今春、中国が全人代で見せた米中角逐への緊張緩和の柔軟姿勢はあくまで戦術的対応であって、中国の戦略的対応は覇権奪取に向けた国防費増の姿勢に現れており、米中2大国の争覇の進展状況は今後とも見誤らないよう注視する必要がある。
(かやはら・いくお)