海洋覇権に意欲燃やす中国

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

遠洋海軍力保持と過信
周辺国海軍は海警が対応か

 8月16日、米国防総省は議会宛ての年次リポート「中国の軍事力」(米国防報告)を公表した。そこでは中国軍事力の強化に警戒感が示され、特に海洋面での領域拡大などへの懸念が表明されていた。

 ちなみに本年度・米国防報告は中国軍事力強化について、具体的に海軍陸戦隊が2020年までに3倍増の6万人・7個旅団体制に、潜水艦が56隻から69~78隻に、空母4隻体制へ、1万㌧級のミサイル駆逐艦建造など海軍力の強化、さらにH6K爆撃機の核爆弾搭載化などを報じていた。現に中国海軍は海洋権益の拡大に伴い近海防御から遠洋任務に拡大しており、実験空母・遼寧は既に配備に就いている。また国産初の空母も配備前の試験航海を開始しており、外洋能力の強化を目指している。

 このような折、中国の海洋戦力で二つの気に掛かる事象があった。一つは空母運用の意図の表明で、もう一つが海洋警備の公船の指揮系統の強化である。その背景には、習近平主導の軍事改革で「世界一流の軍隊」建設の目標がある。中国は何故、空母強化を進めるのか。これまで遼寧を中核とする艦隊は台湾近海や南シナ海での示威行動が多かった。しかし北京大学海洋戦略センターの胡波執行主任は「中国空母の志は近海ではなく遠洋にある」なる論文で、21世紀中葉を睨む覇権国化への貢献が真の狙いであると主張していた。5月に大連造船所で進水した国産空母は001Aの鑑番号が付けられ、遅くとも19年下期には海軍に正式に引き渡される予定とされている。

 001A空母には近隣諸国から警戒心が高まっているが、これに言い訳をするように「周辺国との海上紛争が空母発展の動機ではない」とし、その理由として中国海軍の主力機J10、J11、Su27、Su30は作戦半径が1500㌔で陸上基地からの行動で近海は対応でき、周辺国との紛争用に海上プラットフォーム(空母)は不要だとしている。そして今日では「中国の陸上基地からの巡航ミサイル、中・長距離ミサイルは特定海域に飽和攻撃さえでき、近海は抑止できる」と自信を覗かせている。

 また「中国近海は水温や海底地形が特殊で、キロ級、元級、宋級など静音潜水艦が活動する理想的な場所であり、空母でなく052B型など新鋭駆逐艦を保有することで防空、対潜、対艦など統合作戦で中国は多くの選択肢を持てるようになった」と中国は既に十分な遠洋海軍力を保持したかのような自己過信さが気になる。中国海軍にとって近隣諸国海軍はもはや相手ではなく、まさにインド太平洋戦略を展開する米海軍に目標を定めていることを明らかにしており、胡論文のプロパガンダ臭が鼻につく。

 中国海軍の実態は米海軍に対抗できる水準にあるとは到底思えないが、見てきたように国産初の空母の進水で2隻目の運用開始を来年に控え、領域防空システムや中国版イージス艦で海洋防空力を強化など「豊富な武器庫」を根拠に覇権志向を強めている。その分だけ米国防報告の懸念が見えてくるが、トランプ米大統領が進める対中貿易戦争(制裁)は中国に対する「ツキディデスの罠(わな)」と見てよいのではないか。「ツキディデスの罠」とは紀元前5世紀に覇権国スパルタに対して勃興するアテネが挑戦した戦争・ペロポネソス戦争の故事に倣って、米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授が、米中両国がパワーシフトの過程で戦争に陥る危険性を警告した言葉である。「台頭する国家は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力(利益)と敬意(名誉)を求めるようになる」とまさに覇権国に挑戦する勃興国・中国の実態がそのまま当てはまっている。

 二つ目は近隣国にとって気になる事象で、尖閣諸島など海洋で活動する公船が軍指揮下に入ったことである。海警局が、本年1月1日から中央軍事委員会の管轄下に入った武装警察部隊(武警)の所属になった事案である。

 中国には海軍とは別に海洋権力として、国家海洋局の海洋警察部隊「海警」を中核とする「五龍」といわれる組織があった。近年、この「五龍」の再編が行われ、形式上、国家海洋局下に国家海警局が新編され、従来の海監、魚政、海辺防、海関をまとめて海警局の指揮下に置き、鑑番号を統一して警察権を付与するなど一元的な指揮下に入れてきた。

 これまで国家海警局の指揮下の公船は公安部長(警察長官)指揮下で警察権として法執行権を行使してきたが、今後は軍の指揮系統下で行動することとなり、それは国家主権に基づく軍事行動になるのか、なお疑問点は多い。海警局が武警所属後も「海警の基本任務は不変」としているものの尖閣海域での対応を複雑化させることは間違いない。

 わが国にとっては、やっと「日中間海空連絡メカニズム」が成立しながら、なお次々に課題が生じているのが現状である。海警局の公船が武警の指揮下に入り、軍事的指揮を受けるようになって中国側公船による海洋警備はどのように位置付けられるのか、海洋をめぐる警察権に基づく海洋秩序の維持も軍が担うことになるのか。中国は今後、海軍は遠洋海軍として米国に迫り、近隣諸国海軍には海警で対応しようとしているのか、中国は自国の海軍力や海上権力を過大に自己評価しており、海軍と海警の境界の曖昧さが海洋秩序を不安定化してこないか、懸念は尽きない。

(かやはら・いくお)