米朝会談にほくそ笑む中国
米軍との直接対峙回避
問われる核管理の重い責任
世界注視の中で、去る12日にシンガポールで米朝首脳会談は実現した。そこでは最終的な北朝鮮の核廃絶と米国による体制保証がトランプ大統領と金正恩委員長との間で確認された。これまでトランプ大統領は「北朝鮮の完全な検証可能で不可逆的な核廃絶(CVID)」を主張し、北朝鮮側は「朝鮮半島の非核化」にすり替えて、段取りを「平和的な雰囲気の中で歩調を合わせて段階的に進める」を主張してきた。この双方の主張をどう噛(か)み合わせて合意するかが注目されてきた。しかし結果は先に行われた南北首脳会談と大差ない最終目標の確認にすぎない、との批判も出始めている。70年を超える戦争状態で対決してきた米朝両国が、戦争終結に向けて一歩踏み出し、信頼関係構築に動き出したという歴史的な意義があることには間違いない。
しかし1990年代から合意が北朝鮮によって騙(だま)され続けてきた経験に鑑み、せめて「完全な核廃絶には検証は不可欠」と今後、北朝鮮の検証逃れを封じるくらいの枠をはめておく必要はあったのではないか。米朝首脳会談に先立って、北朝鮮が実施した核実験施設爆破のパフォーマンスに対して、国連の専門家による検証と立ち会いが求められながら、北朝鮮はこれを拒んで証拠隠滅を図るかのように爆破を急いできたばかりである。
米朝首脳会談の結果からは結局、北朝鮮のスポンサー然と振る舞ってきた中国と米国との問題であり、中国は満足し、ほくそ笑んでいるに違いない。確かに功を焦ったとみられるトランプ大統領の方が譲歩は大きかった印象は否めず、勝者は中国ということになるのではないか。
周知のように中国が北朝鮮問題で譲れない国益は、どのような形態であれ北朝鮮が存続することであり、もって米軍事力と鴨緑江で直接的な対峙(たいじ)を避けるバッファーゾーンを確保することにある。そのためにこれまで北朝鮮を潰(つぶ)そうとするような制裁への参加を渋り、北朝鮮の生命線である石油供給を維持するため、大慶油田からの油送パイプを止めることもなかった。
それでも中国は20カ国・地域(G20)サミットなど国際社会に外交成果をアピールするチャンスをことごとく北朝鮮の核爆発やミサイル発射実験で台無しにされ、顔に泥を塗られて激怒する事態もあった。このように険悪な関係が続いてきたにもかかわらず、金氏訪中時に「実の兄のような対応に感謝する」との泣かせ文句で、習近平主席から「良好な中朝関係は国際・地域構造の大局を踏まえた戦略的選択」との発言まで引き出していた。これで中国が朝鮮半島問題への調整役としての役割や影響力を確保するチャンスをつかんだが、同時に中国は核管理の重荷とリスクを背負うことにもなった。
このような条件下の米朝首脳会談で漁夫の利を得た中国を勝者と見る所以(ゆえん)は、①首脳会談が実現したことで、中国の庭先とも言うべき朝鮮半島で武力攻撃が回避できたのみならず会談後に、トランプ大統領は在韓米軍の撤退や米韓合同軍事演習の中止にまで言及するおまけのサービスまで付けていた②米朝首脳会談でも北朝鮮が一方的な敗北を喫することもなく、今後に交渉の余地を残したことで、今後の米朝交渉に中国が介入できる余地が残った③次の段階で「朝鮮戦争終結協議」に至れば、停戦協定の調印国として中国も参画できる④功を急ぐ姿勢からトランプ大統領が中間選挙を控えて重荷を負っている⑤ノーベル平和賞への幻惑など名声に弱い個性などを露見させたことで、激化する米中貿易戦争への対応への参考を得る利点につなげた―と思われるからである。
しかし北の核廃絶に向けた今後の折衝に、中国は重い役割を担わされることになろう。見てきたように米朝首脳会談にコミットしてきただけでなくアジア唯一の核保有国の責任も問われてこよう。核保有国が拡散する「ヨコの拡散」をめぐってはこれまでも核拡散防止条約(NPT)は危機状態が反復されてきたが、必ずしも成功してきたわけではない。「ヨコの拡散」防止の場は北朝鮮だけでなくイラン核合意問題などで不拡散に向けた核保有国の足並みがそろわなかったからである。今後の北朝鮮の核廃絶に向けて、米国と共に核保有国としての中国の責任は重くなってくる。
さらにNPTは核保有国に「誠実に核軍縮交渉を行う義務」(第6条)を科しているが、中国は核軍縮に背を向けるのみならず、逆に核弾頭の増加や運搬手段の精度向上など核軍拡を進めてきた。自らNPTの「タテの拡散」規約に反しながら隣国に「ヨコの拡散」禁止を道義的に求められるか、大国を志向する中国の姿勢が問われてくる。
また中国の核戦力の強化には、米国が2017年末に発表した安全保障関連の公文書で危機感を表明し、中露両国で進む核戦力強化にバランスを図るよう米国の核戦力強化を誘発し、現に米国防費の大幅な増額要求を議会に出している。それは新しい核軍拡を予感させるもので、中国の核戦力への対応姿勢が核大国の軍拡を招くことになれば、ゆゆしき問題である。
中国には、北朝鮮の核廃絶への取り組みだけでなく、自らの核戦力強化の自制も含めて国際的な核管理でさらに厳しい立場に立たされ、重い責任が問われることになろう。
(かやはら・いくお)