押し寄せる世俗化の波 取り除かれる国家の礎
米建国の理念はどこに(2)
米国の首都ワシントン中心部にそびえるワシントン記念塔。広い緑地帯から青空に突き刺す白亜の塔は実に美しい。残念ながら現在は、2011年の地震で生じたひびの補修作業のため、足場で覆われてしまっている。 ワシントン記念塔はその名の通り、独立戦争を大陸軍総司令官として勝利に導き、初代大統領を務めたジョージ・ワシントンの功績を称えるために建てられた。ワシントン市内は建物の高さが法律で制限されているため、市内では今なお最も高い建造物だ。 塔の頭頂部には、当時は希少金属だったアルミニウムで作られた高さ23センチほどの四角錐のキャップストーン(冠石)が置かれている。その一辺にラテン語でこう刻まれている。 「神を讃えよ」――。
この言葉が米国の首都で最も高い、人の目には届かない場所に刻まれていることは極めて興味深い。ニュート・ギングリッチ元下院議長は「天の目にしか見えない場所に刻まれたこの簡潔な言葉こそ、米国の自由が保護・維持されているのは、神の祝福によるものだというワシントンの深い信念を反映するのにふさわしい」(著書『米国の神の再発見』)と指摘する。 ワシントンの信仰をめぐっては歴史家の間で意見が分かれており、ワシントンはそれほど宗教的ではなかったとの説もある。だが、ワシントンが書いた膨大な文書や書簡などを長年精査したウェストミンスター神学校のピーター・リルバック学長は、ワシントンが敬虔なキリスト教徒だったことは疑いの余地がないと結論付けている。 キャップストーンの現物は肉眼で見ることができないため、代わりに記念塔内部にレプリカが展示されている。だが、2007年に塔を訪れたカリフォルニア州の牧師が“異変”に気付く。 以前はレプリカの「神を讃えよ」と刻まれた面が見えるように展示されていたが、その面が壁側に向けられ、来場者に見えないように置かれていたのだ。解説文からも「神を讃えよ」の説明が削除されていた。 これを知った共和党のランディー・フォーブズ下院議員らが「米国の礎である宗教的、精神的遺産を来場者が理解するのを阻むものだ」と抗議。結局、展示方法は改められたが、塔を管理する国立公園局の何者かが意図的に行った可能性が高い。公の場から「神」を排除する世俗化の波は、密かに米国の最も偉大な建国の父を称える場所にも及んでいたのである。 ワシントンの演説文の中で最も有名なのが、1796年に新聞に掲載された退任挨拶だ。ワシントンはこの中で、「政治的繁栄につながるあらゆる性質と習慣の中で、宗教と道徳は欠くことのできない支えだ」「美徳と道徳こそ衆望ある政府の必要な源泉だ」と述べ、宗教と道徳の重要性を強調している。 そして、「道徳が宗教なしで維持できると慎重に仮定してみよう。理性と経験のどちらも国民の道徳が宗教的原則を除外できると期待させるのを許さない」と指摘し、民主的な政治体制に必要な道徳は宗教なしでは維持できないと主張した。つまり、宗教こそ国家の礎であると説いたのである。 建国の父たちは米国を繁栄に導く国家のメカニズムを築いたが、宗教を土台とする道徳が制度を「下支えした」(カトリック教会のチャールズ・シャピュー大司教)との指摘は多い。 だが、本連載第1部で報告したように、宗教に不寛容な風潮は近年、強まる一方だ。現代の米国はワシントンが強調した国家の礎を社会から取り除こうとしている。 (ワシントン・早川俊行、写真も)






