「神」を排除する公教育 加速する世俗化の背景に
米建国の理念はどこに(10)
今年6月、テキサス州の公立ジョシュア高校で行われた卒業式。卒業生を代表してスピーチする生徒のことを「バレディクトリアン」と呼ぶ。成績最優秀者が選ばれることが多い。同高校の卒業式でその栄誉にあずかったのは、レミントン・ライマー君だった。
ライマー君がスピーチの最後に、神に対する感謝の言葉と憲法で保障された言論の自由について語ると、突如、マイクが切れた。機器の故障ではなく、学校側の意図的な措置だった。ライマー君が予定のスピーチから脱線し、自らのキリスト教信仰について語り始めたため、学校側が“放送禁止”にしたのだ。
スピーチ原稿は事前に学校関係者によって何度も“検閲”され、特に信仰に関する部分はごっそり削除された。これに我慢できなかったライマー君は、学校側の指示を無視し、削除された内容を読み上げたのだった。
激怒した校長は翌日、ライマー君の父親と面会。ライマー君の進学が決まっている海軍士官学校に対し、ライマー君の人格を非難する書簡を送り付けるとまで言いだした。
大手メディアが取り上げる騒ぎに発展したため、最終的に学区の責任者が謝罪して事態は収拾した。だが、この事件は、公教育の現場から宗教的要素を排除する試みが極端ともいえる形で行われているほんの一例にすぎない。
ノースカロライナ州のウェストマリオン小学校では昨年11月、ベテランズデー(退役軍人の日)の式典で1年生の女児が詩を朗読することになった。詩はベトナム戦争を戦った2人の祖父を称える内容で、「彼(祖父)は神に平和を求めて祈った。彼は神に強さを求めて祈った」という一節が含まれていた。
詩の内容を知ったある父兄が、学校行事で「神」に言及するのは不適切だという苦情を寄せた。すると、学校側は女児に詩から「神」を削除させた。
マサチューセッツ州のストールブルック小学校の生徒は昨年、学校行事でリー・グリーンウッド氏の名曲「ゴッド・ブレス・ザ・USA」を歌うことになったが、教師から「ウィー・ラブ・ザ・USA」と歌うよう指導された。父兄がこれに強く反発しただけでなく、勝手に歌を変えられたグリーンウッド氏も「この歌の最も重要な言葉は神だ」と激怒した。
最終的には本来の歌詞で歌われることになったものの、学区の責任者は「生徒たちは『ゴッド・ブレス・ザ・USA』と歌っても歌わなくてもいい」と主張。リベラル派団体から訴えられるのを恐れてか、及び腰の対応に終始した。
「宗教と国民生活に関するピュー・フォーラム」が昨年実施した世論調査によると、どの宗教にも属していない米国人は過去最高の20%に達した。その傾向は若い世代ほど強く、18~29歳の32%が無宗教と回答した。
米社会の世俗化傾向を示す調査結果だが、これについて保守派団体「イーグル・フォーラム」のフィリス・シュラフリー会長は「公教育が原因だ」と断言する。学校が「神」という言葉を禁止用語のように扱っている現状を考えれば、若い世代で宗教離れが進むのも無理はない。
米社会からキリスト教的価値観を排除しようとするリベラル勢力と、これを守ろうとする保守勢力の間で、熾烈な「文化戦争」が繰り広げられているが、法廷とともに公教育の現場がその「最前線」(シュラフリー氏)になっている。
(ワシントン・早川俊行)