妊娠減らして医療費削減? 「生命観」に根本的な相違

オバマの対宗教戦争・第1部
神を見失うアメリカ(5)

500

昨年2月、宗教系非営利団体の代わりに保険会社に避妊費用を負担させる妥協策を発表するオバマ米大統領(右)とセベリウス厚生長官(UPI)

 昨年3月、米下院エネルギー・商業委員会健康小委員会が開いた公聴会で、こんなやりとりがあった。オバマ政権が強引に進める避妊薬の無料化政策を統括するキャスリーン・セベリウス厚生長官に対し、野党共和党のティム・マーフィー下院議員が質問をぶつけた場面だ。

 マーフィー氏「誰が避妊費用を払うのですか。無料のサービスなんてあるわけないでしょう」

 セベリウス氏「妊娠の数を減らすことで避妊費用は相殺できます」

 マーフィー氏「つまり、赤ちゃんを生まれさせないようにすることによって医療費を節約する、そう言っているのですか?」

 セベリウス氏「避妊薬を提供することは、女性や子供たちに重大な健康上の利益をもたらします」

 マーフィー氏「赤ちゃんを生まれさせないようにすることが重大な利益ですって? 私には全く驚くべきことです」

 オバマ政権は「無料」と宣伝しているが、実際は企業・団体や保険会社に避妊費用を負担させるだけの話。セベリウス氏は負担押し付け批判をかわすために、避妊がもたらす“メリット”を強調したわけだ。

 望まない妊娠を減らせば、母体に大きな負担を掛ける中絶の削減につながるのは分かるが、生命を軽々しく扱うセベリウス氏の姿勢は強い反発を招いた。保守系紙ワシントン・タイムズ(WT)は社説で次のように批判した。

 「厚生省にとって、人間は今やバランスシート(貸借対照表)の借方記入にすぎない。つまり、少ないほど良いのだ。それ故、米政府は保険会社に対し、赤ちゃんが生まれないようにし、支出欄を引き締めることで、費用削減を実現するよう勧めているのだ」

 オバマ大統領が上院議員だった2008年、子供たちに避妊法を教える性教育の必要性を強調した際、「私には2人の娘がいる。彼女たちが間違いを犯しても、赤ちゃんで罰せられてほしくはない」と語った。性教育によって望まない妊娠をさせないようにしたいとの趣旨だが、子供を産むことを「罰」と表現したことは、生命の尊厳を重視する宗教界を驚かせた。

 オバマ政権が避妊費用の負担義務化を発表したのは昨年1月。オバマ氏が再選を目指す同年11月の大統領選に向け、女性票獲得を狙った動きだった。宗教界の反発を懸念する声もあったが、オバマ氏は政権内で大きな影響力を持つフェミニストのバレリー・ジャレット上級顧問の意見を受け入れ、義務化を強行したとされる。

 保守派団体「イーグル・フォーラム」のフィリス・シュラフリー会長は「オバマ政権はフェミニスト勢力に完全に支配されている」と言い切る。

 宗教界が避妊費用負担に反発する背景には、「妊娠を病気のように見なす」(シュラフリー女史)オバマ政権との間に根本的な生命観、人間観の相違がある。前述のWT紙社説は、オバマ政権の政策を「世俗的ヒューマニズム、つまり、霊的な存在を否定し、理性のみに基づく哲学に根差している」と断じた上で、次のように論評した。

 「この思考方法なら、人間を値札の付いた商品と見なすのは簡単だ。この見方は、個々人は神のかたちに創られたと考える米国人に馴染み深い宗教的伝統とは著しい対照をなしている。建国の父たちは『人間は創造主によって不可侵の権利を与えられている』と信じていた。人間が商品化された時、誕生はもはや生命の奇跡ではなく、製造日に近いものとなる」

(ワシントン・早川俊行)