米軍チャプレンの葛藤 同性愛者解禁で窮地に

オバマの対宗教戦争・第1部
神を見失うアメリカ(6)

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インタビューに応えるロン・クルーズ退役米陸軍チャプレン

 米軍には「チャプレン」と呼ばれる聖職者が5000人以上もいる。自衛隊には存在しない役職であるため、日本人には馴染みがないが、兵士たちを精神面で支援するのが主な任務だ。多民族国家を反映してさまざまな宗派のチャプレンがおり、プロテスタントやカトリックはもちろん、ユダヤ教、イスラム教の聖職者もいる。

 「良い時だけでなく、つらい時もあった。それでも兵士とその家族に仕えた毎日は愛に満ちていた」

 こう語るのは、プロテスタントの牧師として陸軍チャプレンを28年間務めたロン・クルーズ氏(64)だ。

 「負傷した兵士を見舞いに行く日もあれば、戦死した兵士の葬儀を執り行い、残された家族に寄り添う日もあった」。大変なことも多かったが、兵士たちの精神的よりどころになれたことは大きな誇りだ。2008年に大佐の地位で退役し、現在は退役チャプレンらから成る「信教の自由のためのチャプレン同盟」の代表を務める。

 米国の軍隊にチャプレンが設けられたのは、イギリスとの独立戦争が始まった1775年。独立宣言が採択される前年のことだ。建国の父たちには神の導きがなければ戦争に勝てないとの認識があり、総司令官だったジョージ・ワシントンの要望で全旅団にチャプレンが配置された。

 目立たない存在だが、米軍の歴史の中で重要な役割を果たしてきたチャプレン。ところが、クルーズ氏によると、彼らはオバマ政権下で「困難に直面している」という。

 その発端は、2011年に同性愛者が軍務に就くことが正式に認められたことだ。それまでは同性愛者であることを秘密にしている限り黙認する、いわゆる「聞かない・言わない政策」を維持していたが、オバマ政権が撤廃した。

 これにより、同性愛を罪と信じるチャプレンの信教の自由が脅かされている。普通の聖職者とは異なり、軍隊に属するチャプレンは最高司令官である大統領や政府方針に従うことが求められるからだ。クルーズ氏によると、10年にこんな出来事があった。

 ノースカロライナ州の基地を訪れた当時の制服組トップ、マイケル・マレン統合参謀本部議長に、一人のチャプレンが質問した。

 「同性愛者の入隊解禁後も、我々は同性愛を道徳的に誤りだと教えることができますか」

 マレン氏はこう答えた。

 「できない。方針に従えないなら、辞めてもらう」

 この発言がチャプレンたちに甚大な「萎縮効果」(クルーズ氏)をもたらしたことは言うまでもない。

 実際にオバマ政権の方針に否定的なチャプレンが“制裁”を科された事例が報告されている。あるチャプレンは同性愛者解禁がもたらす悪影響を説明した電子メールを転送しただけで、予定されていた昇進が撤回された。別のチャプレンは同性カップルの結婚式に基地のチャペルは使用させないと主張したことで、チャペルを管理する権限を剥奪された。

 さらに、連邦最高裁が6月に結婚を男女のものと定義した「結婚防衛法」の規定を違憲としたことで、チャプレンを取り巻く環境は一段と厳しくなった。連邦政府機関は同性婚カップルを通常の夫婦と同等に扱わなければならなくなったからだ。

 聖職者でありながら、宗教的信念を自由に表現・実践することが許されない立場に置かれつつあるチャプレン。兵士の精神的ケアを担ってきた彼らは今、自らの良心をめぐり深刻な葛藤に直面している。

(ワシントン・早川俊行、写真も)