裏切られたカトリック教会 避妊費反対で一斉提訴

オバマの対宗教戦争・第1部
神を見失うアメリカ(3)

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オバマ政権を提訴したカトリック教会ワシントン大司教区のドナルド・ワール枢機卿(UPI)

 オバマ大統領に裏切られた――。米国のカトリック教会では、こんな怨嗟の声が渦巻いている。

 オバマ政権の医療保険制度改革は賛否が激しく分かれたが、カトリック教会は国民皆保険の実現を求める立場からこれを支持した。5000万人近い無保険者を減らし、多くの人が医療を受けられるようにすることは、人間の尊厳を守る上で必要だと考えたからだ。

 また、オバマ氏が1980年代にシカゴでコミュニティー・オーガナイザーとして働いていた時、資金援助して活動を支えていたのがカトリック団体だった。後にシカゴを拠点に政治家の道を歩むオバマ氏のキャリア形成に、カトリック教会が大きく寄与したことは間違いない。

 だが、恩は仇で返される。オバマ政権は昨年1月、2010年に成立した医療保険制度改革法に基づいて避妊薬や不妊手術を無料化するため、これらを団体や企業が職員に提供する医療保険の適用対象にすることを義務付けると発表した。つまり、人工的な避妊を不道徳と教えるカトリック系団体にも避妊費用を支払わせるというのだ。

 カトリック教会は、宗教組織が運営する非営利団体を例外扱いするよう求めていたが、オバマ政権はこれを拒否。結局、避妊費用負担が免除されるのは教会や寺院、モスクなど純粋な宗教組織だけで、傘下にある病院や大学、慈善団体などは免除対象外となった。

 避妊費用負担を拒否した場合、巨額の罰金が科されるため、事業継続は困難になる。事業を続けるには避妊を誤りとする教義を無視するしかない。

 宗教界の反発を受け、オバマ政権は翌月、宗教系団体の代わりに保険会社に避妊費用を負担させる妥協策を発表する。だが、保険会社は保険料をつり上げて雇用主にツケを回せば済むだけの話。結局、宗教系団体が負担することに変わりはない。

 子供騙しの妥協策をカトリック教会は当然、突っぱねる。結局、昨年5月、43のカトリック組織が一斉にオバマ政権を提訴する異例の事態に発展。ワシントン大司教区のドナルド・ワール枢機卿はワシントン・ポスト紙への寄稿で、次のように批判した。

 「米憲法が保障する信教の自由には、教会の壁の内側で行うことだけでなく、宗教的動機に基づく奉仕活動も含まれるはずだ。だが、政府の新たな規則の下では、宗教組織は政府の要求に従わない限り、公の場で自由に活動できないことになる」

 宗教界の反発を受け、野党共和党が負担義務化を批判すると、オバマ政権は逆に「女性に戦争を仕掛けている」と反撃。信教の自由の問題が女性の権利をめぐる議論にすり替えられたことで、義務化に反対する人々は「女性の敵」と見なされるようになった。

 カトリック系の名門ノートルダム大学が提訴に踏み切った際、ジョン・ジェンキンス学長は「我々は自分たちの宗教的信念を他人に押し付けようとしているのではない。政府に我々の教義と異なる価値観を押し付けないでほしいとお願いしているだけだ」と、悲痛な叫びを上げた。

 オバマ政権は今年6月、義務化開始を8月から来年1月に遅らせるとともに、追加妥協策を盛り込んだ最終規則を決定。カトリック教会はこれを受け入れるか内容を精査している最中だが、7月初め、米最大のプロテスタント教団「南部バプテスト連盟」などとともに、義務化に反対する公開書簡を発表した。プロテスタントはカトリックのように避妊に厳格ではないが、「政府を良心の支配者にさせてはならない」(同連盟)として連帯姿勢を強めている。

(ワシントン・早川俊行)