「核なき世界」構想 逆に拡散のリスクを高める
再考 オバマの世界観(25)
オバマ米大統領はノーベル平和賞の受賞につながった「核なき世界」の理想に基づき、核兵器削減を最優先課題の一つに位置付けてきた。
2010年にロシアと戦略核弾頭の配備上限を1550発に減らす核軍縮条約「新START」に調印。ロシアとの関係が悪化し、追加削減交渉は進展していないが、オバマ氏は新STARTの上限からさらに3分の1減らし、1000~1100発程度にすることに意欲を示していた。
米国が自ら核兵器削減の模範を示せば、他国も追随する――。これがオバマ氏の核なき世界構想の背後にある前提だ。だが、現実はどうか。ロシア、中国、インド、パキスタン、北朝鮮は核戦力の増強を進めており、オバマ氏の構想に追随する気配は全くない。
「外国の指導者たちは米国の核軍縮ではなく、自分たちの戦略ニーズに基づいて決定を下している」
ブッシュ前政権で国防副次官補を務めたキース・ペイン・ミズーリ州立大学教授は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿でこう指摘し、他の核保有国や核保有を目指す国は、自国の利益を計算して行動しており、米国の核軍縮の動きに左右されることはないと断じた。
また、カーター政権で国防総省核兵器局長を務めたロバート・モンロー退役海軍中将は、同紙への寄稿で、核なき世界構想を「ナンセンスであり、恐ろしく有害だ」と酷評した上で、こう批判した。
「核時代が始まって以来、12人の米大統領(民主党6人、共和党6人)は核戦力の優位を米国の政策であると明確に述べてきた。オバマ氏はこれを転換し、米国の核戦力の劣化を加速させている」
オバマ政権は議会に対し、新STARTの承認と引き換えに核戦力近代化に850億㌦を投じることを約束した。だが、有力シンクタンク、ヘリテージ財団は2月の報告書で、国防費の強制削減などにより、「オバマ政権の予算案は核兵器プログラムに十分な資金を拠出する約束を反映していない」と批判した。
中露が核戦力の近代化に邁進(まいしん)する中、米国だけが老朽化した核戦力をそのままにしている状況に近い。こうしたオバマ政権の姿勢が逆に、通常戦力で米国に劣る中露を核戦力増強に走らせる一因になっていることは否めない。
特に危険なのが、徹底した秘密主義を採る中国が核兵器を何発持っているのか分からない状況で、米国が核軍縮を進めていることだ。中国が保有する核弾頭数は240~400発というのが米国内の一般的な見積もりだが、実際ははるかに多くの核弾頭を持っているとの指摘もある。
元ロシア戦略ロケット軍参謀長のヴィクトル・エーシン氏は1600~1800発と推計しているほか、米ジョージタウン大学でアジア軍縮プロジェクトを率いたフィリップ・カーバー氏は、中国が核兵器を保管するために建設した「地下長城」と呼ばれる巨大地下トンネルの総延長が5000㌔以上に上ることを踏まえ、核弾頭数は3000発を超える可能性があるとしている。
米国の一方的な核軍縮は日本などに提供する「核の傘」の信頼性を傷付けかねない。ペイン氏はこう指摘する。
「米国の核の傘が信頼を失えば、日本や韓国など同盟国は核保有を考えるかもしれない。米国のさらなる核兵器削減は核拡散を引き起こす可能性がある」
オバマ氏の核なき世界構想は、皮肉にも米国の抑止力を低下させ、紛争や核拡散のリスクを高めている。
(ワシントン・早川俊行)






