反米牧師との師弟関係 黒人解放神学に惹かれる

再考 オバマの世界観(21)

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2008年4月、ワシントンのナショナル・プレス・クラブで講演するジェレマイア・ライト牧師(UPI)

 2001年9月11日の米同時テロから最初に迎えた日曜日。前代未聞のテロの衝撃が全米を覆う中、シカゴのある教会では、米国はテロ攻撃を受けるに値する邪悪な国家だと説く一人の黒人牧師の姿があった。

 「我々はインディアンからこの国をテロで奪った。我々はアフリカ人を連れてきて奴隷にした。我々はグレナダ、パナマ、リビア、イラク、スーダン、広島、長崎に爆弾を落とした。我々が海外でしてきたことが今、自分たちの前庭に跳ね返ってきたのだ」

 米国の歴史や対外政策に対する激しい憎悪に満ちたこの人物こそ、オバマ大統領がシカゴ時代、父親のように慕ったトリニティ・ユナイテッド教会のジェレマイア・ライト牧師である。ライト師は他にもこんな過激な発言をしている。

 「政府は我々(黒人)にゴッド・ブレス・アメリカを歌わせるが、違う。ゴッド・デム・アメリカ(米国に神の呪(のろ)いあれ)だ」(04年4月)

 「政府は有色人種に対するジェノサイド(大量虐殺)の手段としてエイズウイルスを開発した」(08年3月)

 08年大統領選でライト師の過激なレトリックが問題になった時、オバマ氏はそのような発言は聞いたことがないと主張した。だが、20年以上も師事したライト師の過激思想を知らなかったとは考えられない。何よりオバマ氏本人の自叙伝「私の父からの夢」に、初めて参加した礼拝で、ライト牧師が「白人の強欲が世界を動かしている」と、白人敵視の発言をしたことが記されている。

 オバマ氏は若い頃、宗教を敬遠していたが、コミュニティー・オーガナイザー(CO)として黒人教会を組織化する活動に取り組む立場上、どこかの教会に所属する必要性に迫られた。数ある教会からライト師の教会を選んだ理由は何だったのか。

 その一つのキーワードは「政治」だ。積極的に政治に関与するライト師は、シカゴ政界で大きな影響力を持っていた。ライト師は特に、オバマ氏がCOになった当時、黒人のシカゴ市長だったハロルド・ワシントン氏に近く、オバマ氏はライト師の政治力を利用しようとした可能性が高い。

 実際、先輩COのマイク・クルーグリク氏は、オバマ氏がライト師に師事したのは「同師の教会を権力基盤と見なした」(デービッド・レムニック著「ブリッジ」)からだと証言している。オバマ氏はその後、政治家としてキャリアを積み上げていくが、ライト師はオバマ氏にとって、信仰のみならず政治の師でもあったのだ。

 もう一つのキーワードは、黒人を白人の抑圧の犠牲者と捉える「黒人解放神学」だ。ライト師はジェームズ・コーン・ユニオン神学院特別教授を開祖とする同神学の信奉者で、過激な反米レトリックも抑圧者の白人を敵視する独特の神学観から来ている。説教で「イエスは金持ちの白人に支配された国に生きる貧しい黒人だった」との持論を展開したこともある。

 保守派評論家のスタンリー・カーツ氏によると、オバマ氏はCOになる前にニューヨークで参加した「社会主義者研究者会議」で、コーン教授の黒人解放神学について学んだ可能性が高く、ライト師の過激な神学観を理解した上で同師の教会に入ったと見られる。もっと正確に言うと、「オバマ氏はライト師の過激思想の故に同師の教会に入った」(カーツ氏)のだ。

 オバマ氏は大統領選の最中にライト師との縁を切ったが、オバマ氏がライト師から大きな影響を受けた事実が消えることはない。

(ワシントン・早川俊行)