米国の価値観を激しく嫌悪

再考 オバマの世界観(6)

ハワイの「赤い師匠」(下)

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ハワイの高校に通っていた時のオバマ米大統領(UPI)

 オバマ米大統領の自叙伝「私の父からの夢」によると、オバマ氏が師と仰いだフランク・マーシャル・デービス氏と最後の会話を交わすのは、1979年、オクシデンタル大学入学のため、ハワイを離れる数日前のことだ。デービス氏は人生の新たな一歩を踏み出そうとしているオバマ氏に奇妙なアドバイスを送る。
 「君は教育を受けに大学に行くのではない。訓練されに行くのだ。連中は君を訓練し、君は機会の平等や米国らしさといったクソみたいなものを信じ始めるだろう」

 オバマ氏は驚いて「大学に行くべきではない、そう言っているのですか」と尋ねると、デービス氏はこう返答する。

 「そうは言っていない。大学に行くべきだ。私が言いたいのは、目を覚ましていろ、ということだ」

 デービス氏の発言からはっきり伝わってくるのは、米国の価値観に対する激しい嫌悪だ。「目を覚ましていろ」とは、米国の伝統や価値観に染まらず、反体制的な思考を失うなと言っているのだろう。

 デービス氏はオバマ氏と出会う数年前の1968年に「性の反逆」というポルノ小説を書いている。「ボブ・グリーン」の作者名で出版されたが、デービス氏は後年、自分の作品だと認めている。

 小説にはワイフスワッピングや乱交、13歳の少女をレイプするシーンなどが描かれているが、大部分は自らの体験に基づく内容だという。デービス氏は「私が妊娠させた女性はたった3人だけだ」と平気で述べるなど、乱れた性生活を送っていた。

 オバマ氏は自叙伝でデービス氏を「フランク」と呼び、フルネームで表記しなかったのは、過激な人物との関係を公にすれば、将来、リスクを招くと判断したからだと考えられる。だが、デービス氏の存在を自叙伝から消去できなかった事実は、オバマ氏にとってそれだけ重要な人物だったことを物語っている。

 ポール・ケンゴア・グローブシティ大学教授の著書「コミュニスト」によると、自叙伝には「フランク」が22回も登場する。オバマ氏はハワイを離れた後、デービス氏とは再会していないが、ロサンゼルスやシカゴ、訪問先のドイツ、アフリカなど、さまざまな場面で同氏の存在を思い起こしている。デービス氏はオバマ氏に「長期的、永続的な影響」(ケンゴア氏)を与えたと見るべきだろう。

 また、ケンゴア氏は、オバマ氏とデービス氏の政治観には多くの共通点があると指摘する。例えば、デービス氏はウィンストン・チャーチル元英首相を帝国主義者と呼んで激しく憎んだ。これに対し、オバマ氏も大統領就任後、ホワイトハウスにあったチャーチルの胸像を英政府に返還している。

 ホワイトハウスはブッシュ前政権が借りた胸像を手続き的に返しただけだと主張しているが、チャーチルへの反感から返還した可能性が高い。

 また、オバマ氏は「チェンジ(変革)」を掲げて大統領に当選したが、デービス氏も共産党系紙のコラムで変革という言葉を好んで使うなど、「自らを変革のエージェントと見ていた」(ケンゴア氏)。デービス氏と親交があったキャサリン・タカラ元ハワイ大学教授も、デービス氏はオバマ氏に「変革が起きると信じる感覚」を引き継いだと述べている。

 ケンゴア氏は「デービス氏の極左過激主義は、オバマ氏がなぜ歴代大統領よりもはるかに左寄りであるかを説明するものだ」と指摘、デービス氏はオバマ氏の世界観に決定的影響を与えたと結論付けている。

(ワシントン・早川俊行)