名護市長選、辺野古移設に拍車を掛けよ


 沖縄県名護市の市長選挙で米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設を容認する自民党系候補が移設反対派の現職を破って当選した。同選挙は移設に反対する翁長雄志知事ら「オール沖縄」と政府・与党との事実上の頂上決戦とされた。それだけに与党勝利は意義深い。

容認候補が現職破る

 今選挙で現職の稲嶺進陣営と地元マスコミは「辺野古」を争点化し、翁長知事が前面に出て選挙戦を展開した。それでも大差で敗北した。これは紛れもなく翁長知事ら「オール沖縄」への審判だ。

 これに対して自民党などが推す渡具知武豊氏は、国と対立し地域経済を疲弊させている稲嶺市政を厳しく批判し、市民生活の向上を訴えて支持を広げた。同氏の当選で辺野古移設に弾みがついた。政府は移設工事に拍車を掛けるべきだ。

 日米両政府は1996年に普天間飛行場の返還に合意し、97年には辺野古が移設先とされた。住宅街の迫る同飛行場の危険性を除去し、同時にわが国と東アジアの安全保障を確固たるものにするためだ。

 それから20年以上も経(た)つが、移設の意義は一層大きくなっている。中国海軍の原子力潜水艦が尖閣諸島周辺の接続地域に進入したように中国の脅威が迫っている。また米軍のヘリコプター事故が相次いでおり、移設の必要性が一段と高まっている。

 辺野古移設は同地域に犠牲を強いるものではない。名護市などの北部地域は発展から取り残されてきた。とりわけ辺野古のある東側地域は山林地が多く、産業が乏しいため都市の多い南部との格差が著しい。地元には移設をテコに地域経済を発展させたい思いが強い。

 もともと辺野古にある米軍キャンプ・シュワブは56年に当時の久志村(70年に名護町などと合併し名護市)の村長、村議会が一丸となって誘致した。海兵隊員は地元の運動会や清掃行事に参加し、共存してきた。辺野古区は街づくり推進を条件に移設を容認しており、名護漁協組合も圧倒的多数で移設への埋め立てに同意した。

 政府は稲嶺市長が非協力を続けてきたため、辺野古などの久辺3区に15年から直接、振興費を交付してきた。今後は渡具知新市長と協力して移設工事と地域振興を同時に取り組み、地元の期待に応えるべきだ。

 不可解なのは翁長知事の動きだ。共産党や社民党などと組み、中立公平であるべき県政にイデオロギー的主張を持ち込み、意味のない「裁判闘争」を繰り返してきた。仲井眞弘多前知事による埋め立て承認を取り消したが、国は訴訟を起こし、2016年12月に最高裁は知事が是正指示に従わないのは違法と断じた。翁長知事の妨害活動は税金の浪費で、県民を愚弄するものだ。

沖縄の未来が懸かる

 辺野古移設で米軍基地の再編が進み、沖縄の負担は大きく減じる。普天間返還後の跡地には一大再開発ビジョンが描かれており、北部地域は辺野古移設を契機に地域経済の活性化を期す。辺野古移設には沖縄の未来が懸かっている。今回の名護市長選はその一里塚となった。