「平成の市町村合併」の功罪

拓殖大学地方政治行政研究所附属防災教育研究センター副センター長 濱口 和久

濱口 和久防災・危機管理力が低下
教訓とすべき石巻のケース

 平成11(1999)年から始まった「平成の市町村合併」により、市町村数は3229から1718となり、ほぼ半減した。

 地方分権に対応して、基礎自治体(以下・自治体)の財政力の強化や行政の効率化を目指して行われた市町村合併であったが、合併後の自治体では、住民サービスの量および質の低下や、広域化に伴い自治体と住民の距離が広がるなどの問題が起き、地方自治の劣化が進んだともいわれている。一方、合併の功罪について、自治体自らが十分に検証しているかは甚だ疑問だ。

 合併後の市町村の組織運用は、対等合併か吸収合併かによっても違っているが、おおむね次の三つのパターンに分類できる。

 ①合併前の旧市町村の本庁を支所機能として維持し、新たな本庁で各支所を統括しつつ合議的な運営を行っている自治体。

 ②旧市町村の本庁機能を全て解体し、各部署を旧市町村の本庁に再配置し、広域的かつ水平的な運営を行っている自治体。

 ③旧市町村の本庁を補助拠点として形式的に残し、新たな本庁に全ての行政機能を再集約している自治体。

 では、防災・危機管理力の視点から見た自治体の現状はどうか。職員の本音の声を幾つか紹介したい。「大規模災害や突然発生する災害には、住民自身による『自助』や地域住民での『共助』による初期防災対応をお願いしない事には、行政側ですべての住民が満足できるような即応支援体制は取れない」「勤務時間外(夜間や休日)に災害が起きた場合の参集対応に自信がない」「災害発生時に、土地勘の無い地域に行っても、上手く対応できるか不安だ」(一般財団法人消防防災科学センターホームページより)。

 さらに、合併に伴い面積が拡大したにもかかわらず、財政難から職員数の削減を行う自治体がほとんどであり、マンパワーの不足による防災・危機管理力の低下が懸念されている。避難準備、避難勧告、避難指示の発令基準が明確に定められていなかったり、災害時の避難所・避難場所の徹底がされていなかったりする自治体などもある。孤立集落対策など緑辺部への対応(情報収集・連絡)にも支障を来す恐れも出てきている。

 このような状況下で、平成23(2011)年3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起き、合併した市町村の防災・危機管理力が問われることとなった。

 現在の法律(災害対策基本法)では、災害対応の第1次責任は市町村にある。だが、数多くの市町村で災害時の司令塔となる庁舎が壊滅的被害を受けて機能不全に陥った。

 発災後、37の沿岸市町村(岩手県・宮城県・福島県内)のうち、災害対策本部設置予定の場所を使えたのは18市町村(49%)にとどまった。情報通信システムも機能障害が激しく、通信回線の途絶・輻輳(ふくそう)や携帯電話基地局のバッテリー切れで救援要請がつながらなかったケースが多くみられた。防災行政無線(同報系)が故障したり、放送する部屋に入れず、避難の呼び掛けができなかったりした所もあった。

 ここで、東日本大震災で大きな被害を出した宮城県石巻市のケースを見てみたい。

 石巻市は、合併によって大きな面積を抱えることとなった自治体の一つである。石巻市は旧石巻市の面積137・27平方キロから4倍の面積となる555・64平方キロとなる自治体(ちなみに全国の市の平均面積は273・9平方キロ)となった。

 新石巻市は平成17(2005)年4月に、1市6町が合併して誕生したが、旧市町は、地域ごとに産業構造、人口構造(高齢化率)、生活習慣など相当異なる特色を持った地域であった。そのため、合併しても旧市町意識から脱却できない職員や住民が多かった。結果的に、このことが東日本大震災の復旧・復興にも大きな影響を与えることとなった(室崎益輝・幸田雅治編著『市町村合併による防災力の空洞化』ミネルヴァ書房)。

 合併後、石巻市の職員数は約2000人から約1700人に削減された。支所には旧町時代から比べると、約4割減の約300人しか職員が配置されていなかったことも、被害を大きくした要因だといわれている(紙面の都合で石巻市の詳細な被害の状況については省略する)。

 石巻市と同じような自治体は、日本全国に存在する。石巻市のケースを各自治体は他人事と思うのではなく、自分たちの自治体に置き換え、貴重な教訓とすべきである。

 平成の市町村合併は、小規模市町村の合併・再編を必至とする今後の道州制推進の議論にも一石を投じている。地方分権の拡大という視点だけでなく、防災・危機管理力という視点を盛り込みながら道州制の議論をしていかなければならないと思う。

 そうしなければ、今後起きることが予想されている南海トラフ巨大地震をはじめとする広域巨大災害や、複合的な災害に対応することが難しくなるに違いない。

(はまぐち・かずひさ)