景気回復を損なう消費増税
優先順位はデフレ解消
実体経済は大幅な需要不足
安倍総理は参議院選挙後のある会合で、「消費増税の先送りは100%ありません。いいですか、これは本当にオフレコですよ」と言ったと報ぜられている(「週刊東洋経済」9月14日号・歳川隆雄氏)。だから、消費税増税は確定しているのだろう。問題は、政府が現在の経済情勢を過度に好転しているように見せかけ、経済実態を偽装し、増税の影響を軽視させようとしていることだ。
消費税増税法案では、「平成23年度から平成32年度までの平均において名目の経済成長率で3%程度かつ実質の経済成長率において2%程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるための総合的な施策その他の必要な措置を講じる」とある。しかし、附則には「数字は努力目標であり、消費税引き上げの時期は、その時の政権が判断する」と明記されており、いつでも内閣が決められることになっている。
8月12日に内閣府は2013年4~6月のGDP(国内総生産)の速報値を発表し、年ベースで実質成長率2・6%、名目2・9%と発表した。9月9日に二次速報値が発表され、実質成長率は年3・9%、名目では年3・7%に上方修正された。上方修正の理由は、民間設備投資が増加したからであると発表された。私はこの発表があった時に、「ああ、予定通りの手法だな、10年前と同じ手口だ」と直感した。
10年前とは、03年9月の自民党総裁選挙を直後に控えた時期である。小泉純一郎氏の総裁任期が9月20日に切れるので、小泉構造改革(デフレ政策)に反対する亀井静香氏が立候補し、積極財政によるデフレ脱却・経済成長重視政策を立てて総裁選を争った。この時の内閣府担当大臣は竹中平蔵氏であり、同年8月に発表された4~6月のGDP速報値が低かったために、二次速報で大幅にかさ上げし、その理由が民間設備投資の増加であった。
これが主因で小泉氏は再選された。しかし、同年11月に発表された4~6月の確報値では、民間設備投資は増加しておらず、第一次速報値よりも低かった。まさに数字の偽装が政局を動かしたのだ。現在の内閣府事務次官は財務省出身の松本崇氏であり、不吉な予感をぬぐい難い。
今回発表の第二次速報値でも名目成長率は実質を下回っており、デフレは継続している。現在の日本経済は、12年10月にジョージ・ソロスが仕掛けた円対価でのドル買い(円安)・日本株買い投機が始まりであり、これに安倍首相の大胆な金融緩和発言によって、円安・株高が進んだ。しかし、輸出数量は増加しておらず、25%も円安・ドル高になったために輸入代金は17兆円も増加し(輸入総額70・7兆円の25%)、貿易収支の赤字が拡大している。とくにエネルギー価格の上昇は30%を超えており、輸出競争力を減退させ、民需を縮小させている。
国内景気の実態は回復しておらず、一時的な期待と政府と大マスコミ(全国紙、テレビ、NHK)の宣伝で、景気回復ムードを偽装しているにすぎない。消費税増税で国民から政府が召し上げる金額は、12・5兆円(消費税1%の増税で2・5兆円の税収増加)ばかりでなく、すでに始まっている東日本復興所得税と毎年の年金保険料増加、円安による国民の購買力の減少を考えると、需要が大幅に減少し、デフレは一段と進むであろう。
アベノミックス(デフレ解消・3本の矢)の原点は、私は12年3月2日の衆議院予算委員会の公聴会で提案したデフレ解消策にある。このとき私は以下のように述べた。
「日本のデフレは1998年に始まり、すでに15年も継続し、20世紀以降の近代資本主義時代の最長のデフレである。とくに2001年からの小泉・竹中構造改革は、緊縮財政による財政デフレ、時価会計導入による会計デフレ、ペイオフ導入による金融行政デフレ、労基法改訂によって解雇を自由にしたリストラデフレであり、意図的な政策デフレである。デフレが始まった1998年(この年から物価の総合指数であるGDPデフレーターが前年比でマイナスになった)から2012年までの累積デフレ率は20%に達しており、昭和恐慌が始まった時と同じ状況にある(昭和のデフレは1925年に始まり、その後の累積デフレ率が20%に達した1930年に昭和恐慌になった)。日本のデフレは、恐慌型デフレ(官民ともに投資が回収超過になり、ゼロ金利でも投資が増えない経済情勢)であるから、民間投資の増加は期待できず、昭和恐慌の時と同じように、財政主導・金融フォローしか、解消に道がない。だから、政府投資を主体とする5年100兆円の緊急補正予算を組むべきである」
デフレが進んでいる1932年に、消費税を連邦税に新設して経済恐慌を深刻化させた米国のフーバー大統領を忘れてはならない。安倍内閣が採るべき政策はデフレ解消の長期政策を優先することであり、消費税増税ではない。順序が間違っている。「歴史を学ばぬものは歴史を繰り返す(米国議会前の礎)」。
(きくち・ひでひろ