2020東京五輪決定に思う

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

「鉢木」の精神で歓待を
もてなしと信頼が国を守る

 9月は2020年夏季オリンピック・パラリンピック東京開催決定のニュースに沸きかえった。前回64年以来実に56年振りの開催であり、誠に結構で喜ばしい。是非、成功を期したいものである。若干の所見を披露したい。

 近代オリンピックは1896年アテネで開催されて以来、2020年東京は第32回となる。ただし、第6回(ベルリン)、第12回(東京)、第13回(ロンドン)は世界大戦のため中止されたため、実開催は29回目である。初期の開催地は、欧米の主要都市に限られており、第12回の東京招致にあたっては、遠隔地という大きなハンディを背負って、悪戦苦闘、IOC(国際オリンピック委員会)総会投票で最終的にヘルシンキに競り勝って、招致が決まったと承知している。従って正式には、東京は3回の招致成功、2回目の開催ということになる。参加国も初回の14カ国から、いまや200カ国を越える規模となり、開催希望国も増加の一途を辿っている情勢から、五輪招致自体大変な難関であり、それだけに名誉なことと認識するべきであろう。

 オリンピック開催の効果であるが、いろいろな面で絶大である。我が国は、64年五輪では新幹線・高速道路網・通信網を始めとし近代的産業国家としての基盤を作り上げ、訪れる外国メディアに「戦後」の終焉、信頼性高い国民性を印象付け、その後の発展に寄与した。韓国も東西対立厳しい中、全方位外交の旗印の下、参加が危惧された東側諸国の参加誘致に成功、直前のモスクワ、ロサンゼルスを東西双方がボイコットしあった悪い経緯の払拭に成功した。韓国自体も民主化の流れを本格化させ、その後の発展の大きな起点とした。すなわち、オリンピックの開催とその成功は、国民の団結と確かなリーダーシップにより、その後の発展の大きなトリガーに成りうることは疑いの無いところである。

 今回の招致活動でハイライトとなったのは、何といっても滝川クリステル女史のプレゼンテーション「おもてなし」にあったと考えている。テレビで放映された彼女の言葉を聞いて、深く心を打たれた。理由は、商業主義に走る五輪誘致を苦々しく思っていたからである。相変わらずマスメディアは、経済効果など「商人国家」的報道が多い。そんな儲け仕事的な発想の五輪招致ではなく、高い次元の目標をもって、誠心誠意国際社会に奉仕することが根底に無ければならない。

 「もてなし」と言えば筆者の年代が思い浮かべるのは、能「鉢木」の物語である。若い人のために、概要を紹介する。鎌倉時代、所領争議で貧困のどん底にあった老武士佐野源佐衛門常世は、雪の夜、旅の僧侶に宿泊を乞われる。貧困ゆえ、一度は断るが妻の諫めで引き受ける。粗末な粟飯を提供するが、寒夜に暖を取るべき薪も無い。思い余って最後に残った秘蔵の「鉢木」を割って薪とし客に暖を提供する。そして、貧すれども、「いざ鎌倉」の事態には、「痩せ馬、古甲冑」で馳せ参じる所存とその心根を語る。

 身を削ってでも、困窮している旅人をもてなすべしとする日本人の心意気の伝統を伝える名作である。この話はオチがあって、旅の僧は、鎌倉幕府執権北条時宗の前任者北条時頼であり、「いざ鎌倉」の事態に痩せ馬引いて馳せ参じた佐野常世に時頼は厚く報賞する終結がある。何れにせよ7年の準備期間のうち、経費の大幅膨張など経済的負担は膨れ上がることは目に見えている。しかし、身を削ってでも客人を歓待する「鉢木」の精神が、何より重要なテーマでは無いだろうか。京都風の雅なもてなしも結構、鎌倉武士の心意気、江戸庶民のいなせな心伊達、我が国には世界に誇れるもてなしの伝統がある。皮算用は度外視して、誠意をもって歓待し、我が国の信頼が一層高まる雰囲気を作っていくべきと考えている。

 相変わらず周辺国の我が国誹謗の動きは激しい。尖閣周辺の情勢、中国による無人偵察機の沖縄方面への飛行、慰安婦問題に関連して、米本土内での慰安婦像の建立と一方的な非難等である。東京招致成功に対する反応も、「安倍右翼政権を後押しする事象」とマイナス的見解を発表するなど、協力的ではない。

 しかし、よく考えてみれば、外交・防衛の最も基本となるのは、国家国民に対する諸外国の信頼である。20年を良き年として、もてなしの心をもって、世界中の人々に我が国の誠意を感じとってもらうことこそ、国の防衛・生存にとって、真に必要なことであり、我が国一層の繁栄のキーポイントであろうと信ずる。

 18年の韓国平昌冬季オリンピックが、種々難問を抱え苦闘しているようであるが、我が国も経費高騰を始め、様々な問題が生起すると予想される。「親方日の丸」と傍観するのではなく、国民一人一人が自身何ができるかをテーマに協力していくべきであろう。

 かつての東京オリンピックのころ、まだまだ左翼活動盛んな中で、日本人の共通の合意事項は「記念写真のシャッター押しに協力することと東京オリンピック」と言われた時代があったが、再び心を合わせて20年の成功を期してもらいたい。このことが我が国の繁栄、そして外交・防衛の最も基礎的な土壌構築に繋がるのである。

(すぎやま・しげる)