憲法に「緊急事態条項」新設を

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改正特措法 実効性に疑問

 政府は新型コロナウイルスのさらなる感染拡大に備え、新型インフルエンザ対策特別措置法(以下、特措法)を改正し、首相が「緊急事態宣言」を行えば、都道府県知事が外出自粛や多数利用施設の使用制限などを「要請・指示」できるようにした。ただ罰則がなく、憲法に根拠規定もないため、実効性への疑問は残っている。緊急時に迅速かつ強制力のある行動が取れるよう憲法に「緊急事態条項」を新設すべきとの声が高まっている。
(政治部・岸元玲七)

新型コロナ対策で求める声

 「公益を守るために個人の権利をどう制限するか、憲法改正の大きな実験台と考えた方がよい」

安倍晋三首相

首相官邸に入る安倍晋三首相=25日午前、東京・永田町

 自民党の伊吹文明衆院議員はいち早く1月末の二階派例会でこう述べた。中国・武漢市から帰国した日本人2人が検査を拒否したことで、現行法では経過観察措置を強制できないと指摘。非常時に私権を制限する緊急事態条項を憲法に新設する必要性に言及。また、改憲に積極的な日本維新の会の馬場伸幸幹事長は同月28日の衆院予算委員会で、「緊急事態条項について国民の理解を深めていく努力が必要だ」と訴えた。

 憲法の緊急事態条項は、戦争や大規模災害などに対処するため、国に権限を集中させ、国民の権利の一時的な制限を認める規定。

 伊吹氏の発言に対し、立憲民主党の枝野幸男代表は「感染症の拡大防止の必要な措置はあらゆることが現行法制でできる。憲法とは全く関係ない」と反論し、「人命に関わる問題を悪用する姿勢は許されない」と批判した。

 枝野氏は「あらゆることが現行法制でできる」と言うが、世界保健機関(WHO)が「世界的流行(パンデミック)」と評価したこの非常事態に、強制力の乏しい現行法ですべて対応可能と断言できるだろうか。つい先日も、陽性判定を受けた愛知県蒲郡市の男性が、保健所の自宅待機要請にもかかわらず、「菌をばらまいてやる」などと複数の飲食店を利用、感染者を増やした。

 また、政府の専門家会議は日本でも爆発的感染拡大(オーバーシュート)が生じた場合は、「政策的な選択肢は、ロックダウンに類する措置以外にほとんどない」(尾身茂副座長)と警告しているが、都市の封鎖や強制的な外出禁止、生活必需品以外の店舗閉鎖などの実効性あるロックダウン措置が改正特措法だけで本当に可能か、疑問だ。

「非常事態」各国は憲法で規定

 諸外国の憲法を見ると、主要国においては危機管理や非常時の対処規定を設けており、緊急時の指揮権や、国家非常事態宣言の発令などが定められている。例えば、ドイツ基本法(憲法)の大規模自然災害時の規定では、州政府は軍隊の出動を要請でき、伝染病の危険や自然災害などに対処するため国民の「移転の自由」を制限するとしている。

 改正特措法は、臨時医療施設を開設するため所有者などの同意なく土地使用ができるとしているが、正当の拒否理由がないとか所有者の所在が不明などの条件付きだ。新型コロナウイルス感染拡大を「有事」だと認識する声は多く、「緊急事態に至ったら国民の人権などをある意味では制約して対処しないとかえって国民の不幸になり得る」(自衛隊幹部経験者)との指摘がある。また、憲法問題に通じた政界関係者は「本来なら憲法に書くべきことを法律でやったら違憲になる。一つの法律では限界があるので、今こそ改憲して緊急事態対処規定の新設が必要だ」と強調する。

 自民党は17日、延期された定期党大会に代わる両院議員総会で2020年運動方針を採択、憲法改正について「改正原案の国会発議に向けた環境を整えるべく力を尽くす」と表明。安倍晋三首相(党総裁)はあいさつで「運動方針にのっとって一致結束し全力を尽くしていきたい」と述べた。

 しかし、今国会の憲法審査会は一度も開催されていない。審査会の前提となる与野党幹事懇談会さえも野党がコロナ対策を理由に拒否する状況が続いている。