ばかげたヌンチャク所持逮捕
米コラムニスト マーク・ティーセン
違憲判決で州法無効に
「武器所持の権利を制限」
私はニューヨークで、ヌンチャクを所持していたとして逮捕されたことがある。この法律が無効になってうれしい限りだ。
連邦判事が先週、ヌンチャクの所持を禁止する法律は違憲との判断を示したというニュースが流れた。これを聞いて、汚名をそそがれた気分になった。1980年代、10代の頃ニューヨークに住んでいた私は、ヌンチャクの不法所持で逮捕され、勾留された。本当の話だ。
高校生の時、ブルース・リーのカンフー映画に夢中になった。ジュリアーニ市長がタイムズ・スクエアを、家族で楽しめるテーマパークのような場所にするずっと前のことだ。ブロードウェーにあった映画館でカンフー映画フェアがあり、ノンストップで上映していた。夏休みの間、「死亡遊戯」「ドラゴン怒りの鉄拳」「燃えよドラゴン」などのブルース・リー映画を見に行った。燃えよドラゴンは、73年に32歳で脳浮腫で死亡する前の最後の作品だった。私にとってブルース・リー映画のヤマ場は何といっても、ヌンチャクを取り出して振り回し、たくさんの敵をなぎ倒すシーンだった。
◇裁判で起訴延期に
ある日の午後、映画を見終わって、映画館の向かいにあった格闘技用品店に行って、ヌンチャクを買った。ブルース・リーが使っていたような堅い木でできたものではなく、軽い合板でできた、明るい黄色のスポンジで覆われたものだった。だから、振り回して、間違って自分の頭に当たっても、気を失うようなことはない。
ある日、地下鉄に乗って、友人の家に向かっていた。手にはヌンチャクを持っていた。警官が近づいてきて、「これが違法なのは知っているか」と聞いてきた。私は、「いいえ、知りませんでした」と答えた。スポンジで覆ったヌンチャクを持っていることが違法などとは微塵(みじん)も思っていなかった。しかし、ニューヨーク州は74年に一般市民によるヌンチャクの所持を一切禁止する法律を制定していた。
この警官は、次の駅で降りるよう言った。私を壁に押し付け、手錠をかけて、パトカーに乗せ、コロンバスサークルにあるニューヨーク交通警察署に連れていった。そこで、酔っ払いらと一緒の房に放り込まれ、「第4級武器不法所持」のA級軽罪で逮捕された。
私は、サウスブロンクスでヘロイン中毒患者を治療する医師だった母に電話をかけた。警察署に来ると母は、強いポーランドなまりで、私を逮捕した警官を怒鳴りつけ、セントラルパークに連れていくよう申し出、そこでヘロインを売っている密売人らを見せた。どうして、密売人には何もせず、無害の若者をいじめるのかと訴えた。母は数千㌦を払って弁護士を雇うと、私に、罪は重く、収監される可能性があると言った。裁判では、起訴延期で合意が交わされた。判事は私に、1年間、何も罪を犯さなければ、起訴は取り下げられ、逮捕の記録も抹消されると言った。それまで私は「少年犯罪者」だった。何事もなく1年がたち、二度とヌンチャクを手にすることはなかった。
◇逮捕は法律の乱用
よく思うことがある。母親にまともな弁護士を雇うだけの経済的余裕がなかったら、どうなっていただろう。10代の子供が、ただブルース・リーのようになりたかったというだけで、人生を台無しにされ、前科が付いて回るとしたら、何とばかばかしいことだろう。
私の逮捕は、法律の乱用と思っている。30年がたち、私の逮捕につながった法律は、違憲と判断された。オバマ大統領が任命したパメラ・コーエン連邦地裁判事は、最高裁がコロンビア特別区対ヘラー裁判で州に憲法修正第2条を適用して下した判決を引用し、「ヌンチャクの所持と使用は、修正第2条によって保護され」、これを禁止するニューヨーク州法の条項は「武器を所持する権利を制限するものであり違憲、従って無効とする」との判決を下した。
訴訟を起こしたのは弁護士ジェームズ・マロニー氏で、私と同様、ヌンチャク所持で逮捕されていた。2000年に逮捕されてからずっと戦ってきた。18年後、マロニー氏と私の汚名がそそがれた。米国人がヌンチャクを保有、所持する権利は、憲法で保障された。スポンジであっても、本物であってもだ。
ブルース・リーがどこかでほほ笑んでいるのではないか、そんな気がする。
(12月27日)






