南太平洋島嶼国の水没対策支援を
平成国際大学教授 浅野 和生
津波対策の技術持つ日本
中国に代わるプレゼンス示せ
太平洋・島サミットは、1997年に第1回会議が「日・南太平洋フォーラム首脳会議」として実施されてから3年に1回開催され、去る7月2日が第9回会議となった。この会議は、南太平洋の地域内すべての国家が加盟する太平洋フォーラム諸国の首脳を、域外国である日本が招いて開催するやや異例な会議体である。
今日、国際政治の重心が北大西洋からインド太平洋地域へと移りつつあるが、この首脳会議を20年前から継続してきたことは、日本外交上、数少ない戦略外交の成功事例と言えよう。
コロナ禍のためテレビ会議となり、いささか迫力に欠けるものとなったが、菅総理とナタノ・ツバル首相の共同議長の下、今回も日本、島嶼(とうしょ)14カ国、豪州、ニュージーランドに加えて、ニューカレドニアおよび仏領ポリネシアの2地域を含む19カ国・地域の首脳等が参加した。
戦略的要地のキリバス
ところで、地球温暖化による海水面上昇で、共同議長国のツバルとともに、キリバス共和国の水没が危惧されている。そのキリバスは、人口わずか11・8万人ほど、陸地面積は730平方キロで対馬とほぼ同じながら、東西3870キロ、南北2000キロに及ぶ広大な海域に三つの諸島、33の環礁が点在する島嶼国である。その位置は、ハワイとオーストラリアの間にあり、日本とアメリカの中間を占めている。首都タラワは、マーシャル諸島に米国が保有するロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場の南1000キロ、キリティマティ島(クリスマス島)は、米国太平洋司令部およびパールハーバー海軍基地があるハワイから約2000キロに位置する。つまりキリバスは、太平洋の戦略的要地にある。
2003年から16年までキリバスの大統領を務めたアノテ・トン氏は、国際社会に地球温暖化防止を訴えるとともに、14年、隣国フィジーに240平方キロの島を水没時の移住先として確保した。フィジー側も、キリバスの国を挙げての移転を受け入れる意向を示している。
しかし、後を継いだマーマウ大統領は、水没対策として地球温暖化防止より、土地や道路の嵩(かさ)上げに注力しているようだ。そうなると、南シナ海でサンゴ礁を埋め立て、軍事基地を建設した中国の支援が、キリバスにとって有益なものに見えるだろう。実際、マーマウ大統領は、フィジーの土地の一部を、中国の協力を得て開発する意向を示しているし、第2次世界大戦中に米軍施設として使用されていたカントン島の滑走路と橋の改修計画を、中国と共に進めているのではないかという情報もある。
アノテ・トン大統領が就任した03年以前には、タラワ島に中国の情報収集・衛星追跡基地が置かれていたが、トン大統領が台湾との国交を選択して中国と断交したことからこの基地は閉鎖された。しかし、憲法の規定によりトン大統領が3期で引退すると、16年の大統領選挙で親中派のマーマウ氏が当選して、キリバスは19年9月に台湾と断交して中国と国交を結んだ。
続く20年の大統領選挙では、中国の唐松根大使とその他大使館幹部が大っぴらにマーマウ大統領の再選を支援して、Tシャツや野球帽を無料配布し、与党が勝利すれば議事堂新築を支援すると約束したという。このため、台湾との国交回復を公約として立候補したベリナ氏が、中国の選挙干渉に警告を発して、「選挙戦で戦う相手はマーマウと中国の2者だ」と公言する事態となった。
アメリカに対抗し、南太平洋の要地に進出しようとする中国の意図は明確である。それがマーマウ大統領の思惑と一致して中国のプレゼンスが高まれば、キリバスは日米豪印連携を阻害する障壁になりかねない。
堤防建設や土地嵩上げ
しかし、水没対策なら、日本にも技術と実績がある。東日本大震災から10年、津波対策の堤防建設や土地の嵩上げ、住宅地の移転策などは、南太平洋島嶼国の水没対策にも役立つはずである。
自由で開かれたインド太平洋の維持のためには、中国に代わって日本が「水没の危機にある」南太平洋島嶼国救済の主役とならなければならない。南太平洋島嶼国との良好な関係を梃子に、キリバスおよび太平洋島嶼国支援で日本が一層の存在感を示すよう、日本政府の努力に期待したい。
(あさの・かずお)