中国の宇宙開発に二つの懸念
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
独自基地で地上監視独占
ロケット残骸落下のリスクも
コロナ禍で世界経済が低迷する中、中国経済だけは回復基調にあり、20カ国・地域(G20)で唯一の国内総生産(GDP)プラス成長を見せている。その勢いで米中争覇は厳しさも増しており、宇宙にまで戦場は及んでいるが、その中国の宇宙開発姿勢は二つの難題に繋(つな)がっている。
実験データ流出の恐れ
これまで宇宙開発は、冷戦時から米ソ両国が競争的に主導し、米国先導で進められてきたが、「両弾一星(原・水爆と人工衛星)」開発を国家目標とする中国が近年、宇宙開発競争に参入し、顕著な成果を見せてきた。現に2019年1月には世界で初めて月の裏側に無人探査機を着陸させ、20年6月には米国の地球測位システム(GPS)に対抗する独自の測位システム「北斗」を完成して国際的な商業利用を始め、11月には月探査用の「嫦娥(じょうが)5号」を打ち上げて2キロの月面土壌サンプルを地上に回収していた。
火星探査では昨年夏に海南島の文昌衛星発射センターから「天問1号」を長征5号ロケットで打ち上げ、予定軌道に沿って本年5月15日に米国に次いで44年ぶりに無事火星に着陸させていた。米国も同じ時期に火星に無人探査機を着陸させ、無人小型ヘリコプターを飛ばしたり、大気の二酸化炭素から酸素を作る実験にも成功したりしており、宇宙強国の競争の舞台は火星になることを予感させている。
その宇宙開発をめぐっては二つの厄介な問題が突発してきた。これまでの宇宙開発は、高度2000キロメートル以下の地球低軌道が宇宙ステーションなど国際競争の主戦場であるが、現に400キロメートル上空に米露を中核とする15カ国共同事業の国際宇宙ステーション(ISS)を浮かべ、活動してきた。そのステーション本体の老朽化が進み、24年に事業停止が言われる中で、その先の延命対策などは未定である。その折からISSの構築から運営まで重要な役割を担ってきたロシアがパートナーから外れると言い出した問題である。
ロシアがISS事業から離れることにより、現ISSの再興が危うくなるだけでなく、中国に協力することで24年を目途の中国のステーション事業の完成を促進することになろう。さらに、これまでISSで蓄積・共有されてきた実験データなどが中国に流れるリスクも考えられ、それは宇宙開発の主導権が米国から奪われることにもつながりかねない。
これまで中国に対してはISSへの参画を誘い、共同活動を促してきたが、中国は独自占有のステーション構築にこだわってきた。そこには地上監視など中国独自の開発の狙いがあると見られ、軍事利用の狙いさえも懸念されている。ISS事業の終了を目前に、代わって中国独自の宇宙ステーションが誕生すれば、米国の宇宙開発の主導権の弱体化だけでなく、地上の動向監視を中露に独占されるという新たな問題が生まれそうで,対策の協議が急がれる。
第二の問題は、中国独自の有人宇宙ステーションのコアモジュールを打ち上げた長征5号B・大型ロケットの残骸が大気圏に再突入し燃え尽きないまま海上に落下するという危険な事故があった。被害は不明ながらインド洋のスリランカ付近の海域に落下した事件である。この件は米航空宇宙局によって打ち上げ段階から指摘された問題であるが、ロケット本体の安全基準に問題があるとも指摘されている。中国が宇宙開発を続けるのであれば「宇宙強国」になる前に「加害国」にならないよう、安全基準遵守(じゅんしゅ)が非常に重要になり、宇宙開発の道義を守る責任感が求められる。
日本は国益懸け投資を
わが国はISS加盟国として、これまで相応の貢献をしてきたし、恩恵も受けてきた。その分、ISS事業の継続に向けた外交努力と、それに向けた準備が重要になろう。それは次代に活躍するに後進人材の育成や発掘と、独自の打ち上げ能力の保有である。これまで基幹ロケットとして42回の成功実績のある「H2A」の後継「H3」の開発や、ロケット本体の回収による再使用など、ロケットの低コスト化が重要事業になってくる。また中小型ロケット「イプシロン」の改良などに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力や、民間企業の事業参画などの投資も必要になろう。安全で人類の夢を叶(かな)えられるような宇宙開発が今後とも続くよう、国益を懸けた日本の宇宙開発向けた活躍が期待される。
(かやはら・いくお)











