「防衛白書」に目を通そう
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
自衛隊理解へ国民必読の書
日本取り巻く安保環境を詳述
わが国では、政府の国民への情報公開として各省庁は周知のように毎年「白書」(外務省は「外交青書」)を発出している。安全保障分野では「日本の防衛(防衛白書)」が防衛省から毎年夏に発行されているが、本年で50回の出版と節目を迎えた。私事ながら筆者は防衛省からオピニオンリーダーの委嘱を受けており、先般、令和2年版白書の説明会に招かれた。
防衛白書はこれまで図表や写真が多用され、読みやすさと濃密な内容で他の白書をリードしてきたと筆者は見ているが、50周年を期して本年版は冒頭に「巻頭特集」として①防衛この1年②新たな領域(宇宙、サイバー、電磁波)③防衛白書50年の歩み―がコンパクトに特集され、本文各部のダイジェスト版も写真を中心に纏(まと)められている。
説得力のある情勢分析
憲法改正で自衛隊の位置付けが論議される折から、わが国の安全保障を考え、それを担う自衛隊の実態を知る上で防衛白書は好書で国民必読の書とも言えよう。
まず令和2年版の防衛白書の概要などを紹介しておこう。
本年版白書は、先の巻頭特集の外に第1部・わが国を取り巻く安全保障環境、第2部・わが国の安全保障・防衛政策、第3部・わが国防衛政策の三つの柱、第4部・防衛力を構成する中心的な要素からなり、表現は多少変化するものの例年とほぼ同じで、バランス良くわが国防衛の全般像を紹介している。
防衛白書の注目点を筆者なりに紹介すれば、第1部では、わが国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で、当面の脅威としては北朝鮮の核開発や新型弾道ミサイルの突破力、尖閣諸島周辺の海・空域での中国の挑発が懸念されるが、具体的に数字などデータを挙げての情勢分析は極めて切実で、説得力がある。特に中国に関しては透明性を欠いたまま継続的に高い水準で増加を続ける国防費、南シナ海での軍事拠点化の推進、米中角逐の激化に関わる軍事利用が可能な先端技術の争奪状況、中国・台湾の軍事バランスの変化などの実態は刮目(かつもく)すべき状況にある。
また巻頭特集にあるように米国の宇宙軍創設や中国・ロシア・北朝鮮からのサイバー攻撃と各国の攻防、電磁波領域では電子戦の展開状況などの記述が注目される。さらに最先端技術を活用した人工知能技術、極超音波速兵器、高出力エネルギー技術、量子技術などへの主要国の取り組み状況も看過できない。
第3部のわが国防衛の三つの柱の「①わが国自身の防衛体制」ではコロナ禍への災害出動としてクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への医療支援、生活支援、輸送支援の外に自衛隊病院への感染者受け入れなど広範な支援活動の実態が記述されているが、従事した医官など多くの隊員に一人の感染者も出さなかった事実から筆者は自衛隊員の士気・規律水準の高さに感服した。また台風15・19号襲来に際し房総半島などへの出動とその成果も紹介され、メディアを賑(にぎ)わせた中東地域における日本船舶の安全確保のために護衛艦を情報活動に参加させた状況も報告されている。
「②日米同盟」では60周年を迎えた日米同盟が世界の平和と繁栄を保障する不動の柱として機能するための努力状況が記されている。「③安全保障協力」では、海洋安全保障や国際平和協力など多角的・多層的な戦略的協力の実態が記述されている。
4部では、隊員処遇の改善や次期戦闘機の開発体制などの支援基盤の強化努力、天皇即位の礼への参加など地域社会・国民との密接な関わりへの努力の記述も見逃せない。
発行側も工夫や努力を
見てきたように厳しい安全保障環境下で国家防衛を担う自衛隊は、他方で多発する災害への対応も有限の隊力で目いっぱいの出動をしており、その実態を国民は理解する必要があるのではないか。そのためにも防衛白書は格好の資料であり、国民必読の書としてお勧めしたい。
同時に白書は内容の重厚化を重ねており、ダイジェスト版の普及や部門ごとに分冊化して関心分野が手軽に利用できるような発行側の工夫や努力も必要ではないか。また防衛白書は主要図書館や大学にも配布されているようだが、経費の課題を克服して高校も含めたより広い図書館等にも配布していただきたいものだ。合わせてインターネットで見られる事実を広く国民に周知を図るIT時代に応じた工夫や努力も必要となろう。
(かやはら・いくお)






