中国共産党百年と周恩来
ナンバー3に徹した不倒翁
評論家 石 平氏に聞く
中国共産党誕生から100年を迎える中、習近平総書記は来年開催される共産党大会で、3期連続の続投を図る意向だ。習氏が倣おうとしているのは、共産党の原点となる絶対的権限を持った毛沢東だ。その毛沢東に仕えたのが周恩来だった。評論家の石平氏は、周恩来の生きざまこそが共産党の本質を浮かび上がらせると指摘する。
(聞き手=池永達夫)
神話だった「聖人君子」
良心殺して党の殺人道具に
中国共産党誕生当時の政治状況は?
清王朝が潰れた中国は、長年の皇帝独裁の専制政治に終わりを告げ、民主主義的な共和大国に向かうはずだった。だが中国共産党の誕生と勢力拡大によって、中国の近代化プロセスが中断された。
1912年に清王朝が滅んだ後、中国には皮肉にも史上最強の独裁政権が誕生した。中国国民は共産党一党独裁の支配下に入った。中国共産党は誕生時から、破壊活動やテロ、虐殺の限りを尽くして、暴力革命で独裁政権をつくるという考え方だった。
共産党に入党するということは、自分の良心を殺して党の殺人道具に成り切る覚悟が問われた。
周恩来もその一人だ。
周恩来というのは中国共産党初期時代、党の実質的な最高指導者であり党と紅軍全体の指揮を執っていた。そして毛沢東の上司でもあった。
日本には周恩来神話があって、すばらしい聖人君子のごとき人物とされ崇拝されているが、血も涙もないとんでもない人間だ。
本来、旧ソ連でスパイ訓練を受けた周恩来はスパイ組織の大ボスで暗殺の専門家だ。
有名な顧順章事件というのがあった。顧は周恩来の下で、情報部門を担当する共産党初期の最高幹部の一人だ。彼が国民党に逮捕されて、共産党の組織の秘密を国民党にばらした。
その報復として、周恩来が取った行動は、顧の家族の暗殺だった。当時、顧は外国人が住む居留地にいた。外国人特別地域だ。周恩来が暗殺部隊を率いて顧の家に押し入り、顧の妻や両親を殺した。たまたま居合わせた親族も、有無を言わさず全部殺した。それが中国共産党の正体だ。
裏切った顧本人を襲って、その勢いで家族を殺したのではない。最初から顧がいないと分かっていながら、顧に対する報復として、家族暗殺を目的として襲っている。
見せしめによる党内引き締め効果を狙ったのだろうが、中国共産党の無慈悲なまでの冷徹さが露呈した事件だ。
人の命を何とも思わない冷徹で冷酷、無論、人権意識というのははなから関係がない。
この体質は今でも、何にも変わっていない。
ウイグルやチベット、香港を見てもそれは理解できる。
その通りだ。そうしたDNAがずっと受け継がれてきている。
党の最高幹部が次々に粛清される中、周恩来だけは1949年の建国以来、ずっと総理の座に座り続け一度も失脚したことがない。
国防相だった彭徳懐は失脚。文化大革命が始まると、国家主席の劉少奇は紅衛兵につるし上げられ獄死。党副主席になった林彪は、毛沢東との政治闘争に敗れ、亡命中に飛行機事故で墜落死してしまう。
こうした激しい権力闘争の中で、一度も失脚しなかったのが周恩来だった。
その政治的長寿の秘訣(ひけつ)は、ナンバー3の立場に甘んじたからだ。
そもそも周恩来の実務能力はずば抜けていた。内政処理の手腕は天下一品だし、外交でも世界トップクラスの政治家の誰とも互角に渡り合えた。
独裁者・毛沢東は、有能な周恩来を使いこなしながらも、常に彼の勢力が増大しないよう深謀に腐心していた。その手法の一つは、周恩来の上に第3の人物を毛沢東のナンバー2として置くことだった。
第3の人物を番犬役に置き、周恩来を監視・抑制し最高指導者である毛沢東自身を直接脅かさないようにクッション機能を持たせた。
「周恩来抑制」の重石に使われたのが、歴史をたどると国家主席の劉少奇や軍人だった林彪、それに上海の造反派出身の王洪文などだ。
だが猜疑(さいぎ)心の強い独裁者の下では、党内ナンバー2こそ最も危険なポジションだ。ナンバー2が少しでも毛沢東の権威をないがしろにするそぶりを見せたり、絶対服従に疑わしい振る舞いをしたら、毛沢東は疑心暗鬼に陥り不信感を募らせ、ナンバー2の入れ替えを考え始める。それが結果的に両者の溝を深め、ナンバー2は粛清される。劉少奇、林彪がそうだった。
しかし、毛沢東とナンバー2との緊張関係の埒外(らちがい)にいる周恩来にとって、こうした状況こそは「安全な無風の港」だった。
周恩来は、毛沢東の指名したナンバー2に対し恭順姿勢を取った。だが一旦、毛沢東がナンバー2の粛清を考え始めると、徹底して毛沢東側に付き粛清に手を貸した。
周恩来はこの時、恭しく仕えたナンバー2に対しどこまでも冷酷で無慈悲だった。己の政治力と情報力を総動員して、ナンバー2を追い詰めた。
政治家・周恩来の行動原理は実にシンプルだ。わが身と地位を守ること、権力闘争で最後まで生き残ること、それが周恩来のすべてであり原点だった。
その目的のため、あえてナンバー3の地位に安住し、ナンバー2に頭を下げて奉仕することをいとわなかった。だがいざとなると、毛沢東のナンバー2粛清に全面協力し、何のためらいもなく死に追いやった。
不倒翁(ふとうおう)・周恩来の秘密はナンバー3に徹したことだ。
その周恩来が最後、ガンに侵された時、毛沢東は治療することを許さなかった。
権力のトップにいた毛沢東は、周恩来が自分より長生きして権力を握ることを心配したためだ。
その意味では、中国の権力の中枢・中南海は人間的な温かみも真実も欠落している「凍土」だ。