祖母の旅立ちと沖縄戦前後
家族より御真影を守る
評価は変われど一生懸命に
私事で恐縮だが、先日母方の祖母が亡くなった。105歳であった。祖母は明治41年旧羽地村(現在の名護市)生まれ。戦前の沖縄女子師範学校を卒業した後、約半世紀、戦前戦後を通じて小学校で教鞭をとった。
小学生の頃は、やんばる(沖縄本島北部地域)一の秀才と言われ、進学に反対する親を説得するために学校の先生が何度も家に足を運んだそうだ。師範学校は官費、すなわち、授業料その他は無料である。先生は「入学したらお祝いに米一俵もらえるから」と説明したそうだが、貧しいやんばる地域の農家では、一時的なお米一俵より働き手のほうが大切だと言ってなかなか許してくれなかった。
先日、宮崎駿の「風立ちぬ」を観て思い出したことがある。祖母が女子師範学校生の時に修学旅行で東京に行ったのが関東大震災の翌年で、その頃はまだ川縁に震災で亡くなった多くの人たちの亡骸が積まれたままの状態だったそうである。
だいぶ前に亡くなった祖父は堀越次郎と同じ年生まれ、祖母はその(映画での)恋人菜穂子とおそらく同じである。私はあの映画を、祖父や祖母が生きた時代として観ていた。
ジブリの「風立ちぬ」には、賛否両論、様々な評価があるようだが、私には、地域も職業も異なっているとはいえ、祖父母の生き様が重なって見えるような気がした。
結果を知っている現在の視点から、過去の時代や人々の生き様を批判することは簡単である。しかし、我々であっても未来の人間からどう評価されるかはわからない。正しいと思い信念を貫き通したことが未来を切り開くための礎になるのかもしれないし、逆にそれが、子孫に迷惑をかけることになるかもしれない。
ただ言えることは、今を一生懸命に生きること。貧しく、時代に翻弄(ほんろう)されながらも懸命に生きてきた祖父母の時代の人たちのように。私としては珍しく素直にあの映画を観た。
関東大震災は祖母が15歳の時。満州事変は23歳。沖縄戦の時は31歳である。
沖縄戦当時、いよいよ、やんばるにも米軍が侵攻してきた頃、教員である祖母は、まだ国民学校4年生だった私の母やその下の妹や弟をおいて、御真影を守るために学校へ行ってしまったそうである。
やんばるの祖母の家には、戦争債券がたくさん残されている。戦時中とは思えないカラフルな色どりの証書で、祖父母をはじめ家族全員の名義で数種類。金額を合計すると、当時、家が建てられるような額である。戦後、それらはただの紙切れになってしまったが、祖母は最後まで大切に保管していた。
祖母は、典型的な戦前の日本の教師であり、もちろん、日本の正義を疑うことはなかった。しかし、御真影を守りに行くために家を離れる時に、自分の子供たちに、「もし、米兵に捕まるようなことがあるのなら、こう言いなさい」と英語の一文を教えたそうだ。残念なことに私の母はその英語の台詞を覚えていない。
しっかりとした知識を持ち合わせていたので、「鬼畜米英に捕えられたら女子は強姦され殺される」「友軍の足手まといにならないように自決しなさい」といった誤った教育を祖母はしていなかった。世界情勢もかなり把握していたようである。
思えば、最後まで背筋を伸ばして、決して嘘をつかず、決して信念を曲げない、真面目すぎるほど真面目な祖母であり、教師であった。
祖母が小学校に勤め始めるのが、ちょうど昭和が始まった時。そして、学校教員を退職するのが、沖縄が日本に復帰した頃である。決して管理職には就こうとせず、最後の数年は、当時「なかよし学級」と呼ばれる、特別支援学級の担任をしていた。
そんな祖母は、戦後や日本復帰後の沖縄をどのように感じていたのだろうか。残念なことに、私が学生の頃から何度聞いても話はしてくれなかった。今思えば、その「何も語らない」ということに、祖母の思いが込められていたのではないだろうか。
しかし、戦争も知らなければ、戦後の混乱も飢えも知らないどころか、生まれた時には米軍基地のフェンスが目の前にあり、ハンバーガーやコーラをたらふく食べた「アメリカ世」に生まれ、戦後高度経済成長期に育った私たちの世代には、その沈黙から何かを察することは困難だ。
東京から夜の便で沖縄に帰ってくる時、眼下に見える沖縄本島は、家やビルの電気や街灯や車のヘッドライトで光に満ちている。中南部ほどではないけれども、北部やんばる地域も海岸線沿いはかなり明るい。
電気も水道もガスもなく、痩せ細った芋を主食としていた、貧しい戦前の沖縄やんばるに生まれ育った誰が、今の、沖縄のこの豊かさを想像することができただろうか。
豊かさの真っただ中にいる私たちは、今を一生懸命に生きていると言えるのか。祖父母が残してくれた豊かさを消費するだけで、次の世代に受け継ぐべき何かを築いてはいないのではないか。明治・大正・昭和・平成を生きた祖母に、そう問いかけられているような気がする。
(みやぎ・よしひこ)











