実教出版「日本史」の不採用

秋山 昭八

弁護士 秋山 昭八

最高裁判例を教科書に

事実に反する国旗国歌の記述

 本年4月から使用予定の実教出版の高校教科書「日本史A」と「日本史B」に、国旗・国歌について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記述していたことから、東京都と神奈川県、大阪府の各教育委員会は、昨年7月、実教出版の日本史教科書が事実に反する記述があるとして使用しないよう指導し、これら都府県立高校で不使用となった。

 「強制の動き」との記述は明らかに事実に反している。

 学校教育の基準となる学習指導要領は、入学式や卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱の実施を求めており、最高裁は都教委が起立斉唱を教員に求めた校長の職務命令を合憲と認めている。

 最高裁判決によれば、公務員は全体の奉仕者であり、教師には上司の職務命令に従う義務がある。また、国旗掲揚・国歌斉唱の職務命令の内容も「思想・良心の自由」を侵害していないとしている。

 教師が心の中でどのような思想を抱いても、それは精神的自由だが、それを行動に移して職務命令に従わないことまで許されているわけではない。
 然るに、文科省の教科用図書検定調査審議会が見過ごしてしまった結果、上記教科書は1校も採用しなかった。

 大阪府教委は7月9日、同教科書を「一面的だ」とする見解を府立高校と支援学校の校長約180人にメール送信し、神奈川県教委も同24日、同教科書の使用を希望していた県立校28校の校長に再考を促し、全校長がこれに従って不使用とした。

 国旗・国歌に対する考え方は多様であり、その当否が個人の判断に委ねられていることは疑いない。だが、その価値観を全ての場で押し通すことはできない。

 1996年頃から公立学校の教育現場において、当時の文部省の指導で、日の丸の掲揚と同時に君が代の斉唱が事実上義務付けられるようになった。しかし、反対派は日本国憲法第19条が定める思想・良心の自由に反すると主張して社会問題となった。

 1999年には広島県立世羅高等学校で卒業式当日に、君が代斉唱や日章旗掲揚に反対する公務員である教職員と文部省の通達との板挟みになっていた校長が自殺したことを一つのきっかけとして法制化が進み、国旗及び国歌に関する法律が成立した。

 国歌(君が代)の「起立・斉唱」に関連した最高裁判所判決のすべてが「校長の職務命令は思想及び良心の自由を保障した憲法19条に違反しない(合憲)」という判断を示し、また、「起立・斉唱」命令や「起立」命令は「思想及び良心の自由を間接的に制約したとしても合憲」という命令の正当性が幅広く認められ、最高裁の全小法廷が合憲で一致している。職務命令違反による処分の基準に関しては、戒告処分は裁量権の範囲内で妥当としている。

 国歌(君が代)のピアノ伴奏をするようもとめる職務命令を拒否した音楽教師が、それを理由とする戒告処分が違法であり取り消すように東京都教育委員会を訴えた裁判の判決が、2007年2月27日に最高裁第三小法廷で下されたが、それによると「校長の職務命令は思想及び良心の自由を保障した憲法19条に違反しない」、その職務命令は「特定の思想を持つことを強制したり、特定の思想の有無を告白することを強要したりするものではなく、児童に一方的な思想を教え込むことを強制することにもならない」とされ、教師側の敗訴が確定した。

 2011年5月30日、東京都立高校の卒業式で、国歌(君が代)斉唱時の起立を命じた校長の職務命令が「思想・良心の自由」を保障した憲法19条に違反しないかが争点となった訴訟の上告審判決で、起立を命じた職務命令は「個人の歴史観や世界観を否定しない。特定の思想の強制や禁止、告白の強要ともいえず、思想・良心を直ちに制約するものとは認められない」と判示している。かような状況下において、文科省の教科書検定は慎重に実施されるよう特段の配慮が求められる。

 最高裁第一小法廷は2012年1月16日、「職務命令違反に対し、学校の規律や秩序保持の見地から重すぎない範囲で懲戒処分をすることは裁量権の範囲内」との初判断を示し、一度の不起立行為であっても戒告処分は妥当とした。

 入学式や卒業式で日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するよう義務付けた東京都教育委員会の通達は合憲と判断している。因みに本年1月17日付文科省告示2号によれば、検定基準として最高裁判所の判例がある場合には、それらに基づいて記述がされていることとされていることは当然のことである。

(あきやま・しょうはち)