卒業記念品に「オリジナルMy椀」

石川・輪島市内の小学校

 高級漆器・輪島塗で知られる石川県輪島市では、市内の小学6年生全員に卒業記念として「オリジナルMy椀」を贈っている。朱塗りの輪島塗の椀(わん)に、子供たちが沈金の技法で思い思いの図柄を彫り、輪島沈金業組合の職人たちが金粉で加飾した。「世界でたった一つ」のお椀が新しい門出を祝っている。(日下一彦)

児童が自ら沈金を施す

郷土への愛着心や誇り高める狙い

卒業記念品に「オリジナルMy椀」

輪島市内の小学6年生全員が制作した「オリジナルMy椀」に見入る家族連れ(石川県輪島漆芸美術館)

 「オリジナルMy椀」の制作は、昨年10月下旬から12月まで、市内の全10校で総合的な学習の時間を活用し、それぞれ2回に分けて行われた。1回目は日展作家など沈金の指導員が工程を説明しながら、練習用の漆パネルに竹やチョウなどの図案を、沈金ノミを使って正確に彫る練習を繰り返した。

 2回目の本番では、まず各自で準備した図案をお椀に写す。絵柄はすべて子供たち自身が考える。小学校6年間の思い出や学校行事の様子、家族の日常の風景などが描かれている。次に、練習した沈金ノミで図案を丁寧に削り、最後に沈金業組合の職人が沈金を施して完成となる。一品8000円相当という。

 漆器の代表的な加飾技法には、沈金と蒔絵(まきえ)の技法があり、輪島塗では特に沈金の技法がよく使われてきた。沈金は前述の通り、漆面に沈金ノミで文様を彫り、金箔(きんぱく)や金粉を押し込む技法だ。

 輪島では沈金の重要無形文化財保持者(人間国宝)の前史雄氏が制作活動を続けている。前氏は独自に沈金刀を研究し、多様な彫刻技法で知られ、県立輪島漆芸技術研修所の所長の重責を担っている。

 市内で2番目に卒業生が多い河井小学校では、沈金師の前古孝人さんを講師に招き、まず輪島塗に携わる職人さんたちの思いや輪島塗の歴史について学んだ。同校のホームページによると、「前古さんの言葉1つひとつがとても重たく、6年生42名は授業が終わるまで、頭を少しも動かさずに話に聞き入っていた」という。

 前古さんは朱塗りの椀についても言及し、「君達が今度手にするMy椀はプロ中のプロが想いを込めて、妥協せずに作り上げてきたもの。その椀に自分の想いを込めて仕上げる君達は、プロの人たちの想いを受け取りながらMy椀のデザインを考えていく責任がある」と厳しいながらも、心のこもったエールを送っていた。

 ほとんどの児童は沈金による本格的な制作は初めて。「曲面を彫るのはとても難しかった」「金を入れて模様が現れる時が楽しみだった」などの声が聞かれた。

 彫り方にも工夫が見られ、文様の輪郭を太く彫ったり、部分的に彫りを密にしたりと、前古さんから教えてもらった職人技を楽しんでいた。これに金粉が入ると個性豊かで、世界にたった一つのオリジナルMy椀が豪華に仕上がった。

 完成した作品は卒業式に先立ち、2月7日から12日まで、県輪島漆芸美術館で全児童の作品が展示され、各学校が鑑賞に訪れた。他校の作品を見て、子供たちは「すごい!」「いろんな模様がある」と感動していた。休日には多くの保護者が我が子と一緒に足を運び、制作に至る経緯を子供から聞いて目を細める姿が見られた。

 展示では、それぞれの作品に「デザインに刻み込んだ思い」が一筆添えられ、創作への思いが見て取れた。自然の風景が大好きという男児は、忘れられない景色を題材にした。椀の表側には「富山県立山の宿泊体験で見た絶景」を彫り込み、裏側には初日の出を描いている。

 また、「毎日が幸せ」と題した女児の作品では、平和や幸せを意味する「オリーブ」と「くちなし」の花を描き、友達や家族といる幸せな気持ちを描き込んだ。

 「オリジナルMy椀」の制作は、ふるさと教育「僕の私の輪島塗椀体験事業」の一環で、郷土の伝統工芸・輪島塗に興味を持ってもらい、その理解を深め、地域への愛着心や誇りを高める試みだ。スタートして10年になる。

 「輪島塗は軽いし、肌触りもいい。口当たりや手に持った質感などを体で覚えてほしい。また半永久的に使うことができるので、輪島塗に愛着を持ってもらい、一生の宝物になったらいいね」と業界関係者は期待している。卒業式は17、18の両日、各小学校で行われる。「オリジナルMy椀」は今年度216人に贈られる。