走れ新幹線 日中、アジアでの鉄路の戦い
「日中高速鉄道戦、戦火は全世界で燃え上がる」
中国新華社通信のネット「参考消息網」は2016年、こんな見出しの記事を配信した。15年にインド初の高速鉄道(ムンバイ―アーメダバード)建設受注で、中国は日本に敗れた。中印首脳相互訪問もやり、様々に働きかけ、インドネシアでの受注に続きインドでも…と目論(もくろ)んだが負けた。この見出しは、雪辱を期し鉄道でも覇をねらう“宣戦布告”だった。
だが日本も受注で一丁上がりではない。現地で着工準備を続けるコンサルタント、小松博史氏の話を聞いた。中国やアジア各地で鉄道支援に携わって来たベテランにとっても、インドは独特の困難が山盛りの様である。
用地買収はまだ50%だ。ターミナルの両都市圏だけで合計3000万人という人口密集地帯。買収費はインド負担で買収作業は地方自治体の担当だが、資金不足だし不法居住民が多く、地元マフィアが取り仕切ってもいる。地元の習俗で木を1本切るにも許可がいる。現地技術者が重要だが、カースト制を継ぐ階層社会で、各職制組合が相互協力できない。輸入税は20~30%と高い。そんな具合で、着工は当初予定の今年から来年に、開通も23年の予定から相当遅れそうだ。鉄道文化の違いもあり、高速鉄道輸出は難事業なのだ。
中国が受注したインドネシアでは、書類提出や用地買収の遅れや、融資にも問題が生じるなどてんやわんや。だが中国の関係者の自負は揺るがない。
「たった10年で、他の国々の合計距離より長い高速鉄道網を国内に作った。中国の文化と影響を広げるのだ」と言う。トルコ、インドネシアに続き、中国国境―ラオス―タイの建設を決めている。
日本は、台湾、インドの後、調査継続中だが、タイのバンコク―チェンマイ線を一応受注している。日中の次なる戦場はマレーシア―シンガポール線だ。でも華僑圏で、中国は早くから駅予定地付近の開発を進められる。日本には厳しい。
そして日中は、アジアの在来線近代化、都市鉄道新設などでも激しく競っている。中国にとっては一帯一路計画の一部で、輸出入路整備としても重要である。
だが、先に中国が納入したマニラ高架鉄道の車両が過重量で、フィリピンでは「技術力の問題だ。日本に頼み直せ」との声も出た。
中国の売りは価格の安さだ。世銀報告によると他国の3分の2という。そして、日独などから集めた技術を元に「たった10年」を誇る。
日本の新幹線は半世紀以上「無死亡事故」の歴史を誇る。円借金利は中国の半分以下だから、長期価格はそう高くない。一帯一路や“債権利用覇権主義的影響力行使”のひももつかない。
話は別だが、原発輸出について、反原発派は「福島事故の日本は輸出すべきではない」と言う。私は輸出賛成だ。
以前、朝日新聞や共同通信の記者にそう言ったら、経済利益優先なのかと問われたのでこう答えた。「問題を抱え続ける中国や韓国などの原発より、福島の反省を経た日本の方が、現地住民には安全と思う」
高速鉄道に関し日本も問題はある。新幹線技術輸出に不可欠な技術者の数が足りない。「インドネシアで受注していたらインドは無理だった」と言われる。日本国内も仕事満杯で、海外に技術者を出せない。より細かな問題で、例えば円借は作業が面倒で長い月日を要する。だが改善すべきは改善し、ぜひ日中鉄道戦で頑張ってほしい。川崎重工の「のぞみ」不良台車枠事件の再発など絶対ダメ。再発したら、日本の質の優位が拠(よ)り所のこの原稿の土台も崩れてしまう。
(元嘉悦大学教授)