医療費40兆円突破、「薬に頼り過ぎた大きなツケ」

特報’16

財政破綻の危機、高齢化で深刻化必至

 国の概算医療費が昨年度、13年連続で過去最高となり初めて40兆円を突破した。高齢化の進展などで、医療費は今後さらに増大するのは必至。このままでは、医療制度の崩壊にとどまらず、財政破綻を引き起こす懸念も強まり、医療費抑制は喫緊の課題。政府は「高額療養費制度」の見直しなど対策を模索するが、安易に医療に頼る日本人の意識を変えることが必要との声も強い。
(編集委員・森田清策)

抑制に向け「養生」の意識を

 「根本的なことを言えば、薬にばかりに頼ってきた、その大きなツケですね」

 こう語るのは、本紙「Viewpoint」執筆者の一人で、メンタルヘルスカウンセラーの根本和雄氏。「医食同源」や江戸時代からある「養生」(生活に留意して健康の増進を図ること)に言及しながら、「食べ物は薬と同じで、食生活を見直せば、薬に頼らずにカバーできる面はかなりある。そこが疎(おろそ)かになっていたのだから、養生に心掛けるという原点に立ち返ることで、医療費はかなり抑制できる」と強調した。

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医療費の抑制が喫緊の課題となっている厚生労働省の入る中央合同庁舎第5号館=東京都千代田区霞が関

 厚生労働省は今月13日、2015年度医療費動向の調査結果を公表した。それによると、医療保険や公費、患者の窓口負担分を集計した概算医療費は約41兆5000億円(前年度比3・8%増)となった。13年連続の過去最高更新で、速報値として40兆円を突破したのは初めてのことだ。

 17年度一般会計予算の概算要求総額は101兆円と大台を超えている。厳しい財政事情から、年末までの予算編成作業では社会保障費の削減が焦点となる中、01年度に30兆4000億円だった概算医療費が昨年度、40兆円を超えたことは医療費増大が財政逼(ひっぱく)迫を招いていることを浮き彫りにするものだ。

 医療費増大の要因の一つは高齢化の進展。厚労省の調査では、国民1人当たりの医療費は32万7000円で、こちらも過去最高を更新した。これを年齢区分で見ると、後期高齢者(75歳以上)が94万8000円で、75歳未満の22万円の4・3倍。人口の多い「団塊の世代」(1947~49年生まれ)がすべて後期高齢者になる25年には、医療費は54兆円に膨れ上がるとの試算もある。このため、今のままでは国民皆保険制度だけでなく、国家財政も破綻してしまうという危機感が広がっている。

 医療技術の高度化も医療費増大の要因の一つだ。概算医療費の内訳を見ると、「入院」が約16兆3600億円で全体の4割を占めるが、昨年度9・4%増と大幅に伸びたのが「調剤」で7兆9000億円近くに達している。

 高額な新薬剤の登場が医療費増大に拍車を掛けているのだ。高額療養費制度により患者の自己負担額には上限があり、またその上限は70歳以上は低く設定されている。このため、年間数千万円掛かる新薬剤でも、医師は患者の要望があれば処方できるシステムになっている。

 言ってみれば、日本は高額な新薬剤を使いやすい国というわけだ。専門家の間には、薬剤費はすでに10兆円に達しているとの分析もある。現在の制度では、効果の高い高額薬剤が登場すればするほど、国家財政を圧迫してしまうことになる。

 こうした背景から、厚労省は医療費抑制のため、高額療養費制度の見直しや高額薬剤の薬価引き下げを検討する方針だが、政府内には「高額療養費制度などを見直しても効果は限定的」との見方がある。そこで重みを増しているのが、安易に医療や薬に頼り過ぎる国民の意識をまず変え、日常生活から見直す必要があるという根本氏の意見だ。

 また、根本氏は検診などの見直しも必要だという。「高血圧は140、150はかつては許容されていた。基準値を130に下げれば、降圧剤の使用が増えるのは必然。基準値に拘(こだわ)るのではなく、個人によって許容範囲が違うので、検査の在り方を見直すことで、薬の処方を減らすことができるのではないか」

 投薬偏重の医療に警鐘を鳴らす医療法人社団・一友会「ナチュラルクリニック代々木」(東京都渋谷区)会長の神津健一氏も、医療に対する国民の意識改革の必要性を訴える一人。

 「調子が悪かったら、すぐに医者に行く、医者に行ったら何とかなるという意識を変えないといけない。病気になるには原因がある。その原因に気付くことが大事。医者に行く前に、考えてやるべきことがある」と語る。