企業は「陰徳文化」を培え
企業の危機管理
企業リスク研究所代表 白木大五郎氏に聞く
日立製作所や関連企業でリスク管理の担当役員として活躍した企業リスク研究所代表の白木大五郎氏が新著「川柳・標語で学ぶ経営倫理とリスクマネジメント」(企業リスク研究所)を出版した。2007年に同研究所設立以来、全国各地で企業コンプライアンス(法令遵守)や企業リスクマネジメントについての講演を行い、ユーモアあふれる川柳・標語も取り入れてわかりやすくまとめたもの。不祥事が続く中、企業に求められる危機管理や意識改革について聞いた。
(聞き手=深川耕治、写真も)
善悪より損得優先が元凶
21世紀企業は桃太郎軍団たれ
新著は日立製作所や関連企業での42年間にわたる経験や最新の企業不祥事事例にいたるまで危機管理についての経営者の役割をグラフやデータ、表を豊富に入れ、ポイントを川柳や標語にした分かりやすい内容だが、なぜ、1000部の限定販売にしたか。
日立に在籍した時、人事労務の仕事をし、日立972社、約36万人の人々と付き合い、人を大切にする社風の会社でいろいろなことを学んだ。日本の企業は、業績が悪化し始めてから行うことが多いが、日立はむしろ先憂後楽の精神から極力、業績が良好な時に事業再構築(リストラ)を断行してきた。日立では親会社から子会社に異動しても基本的に給料などの処遇が変わらないのが特徴だ。私自身、基本的には人が大好きで、現役引退後、企業リスク研究所を設立。全国各地で130回以上、講演を行い、1回で90分から2時間ぐらい話した内容を本にまとめた。昨年、がんの闘病生活を行い、無事に完治できたので、この世に生きた証しを残したいという思いとこれまでお世話になった方々に恩返しの気持ちで出版しようとしたものだからだ。
新著では最新の企業不祥事である東洋ゴム耐震データ偽装事件、東芝粉飾事件、旭化成建材工事データ偽装事件、セブン&アイ会長電撃辞任劇、バドミントン選手闇賭博事件なども取り上げている。企業で不祥事が発生する要因は直属の上司への不満からが多いとのことだが、どんなパターンが多いか。
不祥事の9割が会社、組織、業績のために犯している場合が多い。その当時の直属上司が、損得より善悪を選ぶか、善悪より損得を選ぶかで決まってしまう。サラリーマンは弱いもので上司の顔色を見て性弱説が働く。自分の部下には法律違反をさせてまで売り上げアップをさせないという社員を守るためのコンプライアンスでなければならない。
企業不祥事が依然として日本でも多発し、経営者のモラルや資質が問われている。企業のコンプライアンス意識は何が大切か。
「企業は人なり」でトップの人間力にかかっている。経営者が変われば企業も社員も変わる。とくに経営者の「三識(知識=理解力、見識=判断力、胆識=決断力)」、人間力を磨く場が大切であり、企業にとって損か得かではなく、善か悪かで判断することが大切だ。平たく言えば、企業が今、行おうとしていることは家族である妻、子供に胸を張って堂々といえるかどうか、マスコミに知られて問題ないかで決まる。
企業文化を培うことが企業を育てる上で重視するのはなぜか。
三菱=殿様、松下=商人、東芝=武士、日立=野武士と言われる。日立は和と誠と開拓者精神が基本理念であり、開拓者精神を野武士精神と言っていた。上司の意見が正当であれば、懸命に応援するが、逸脱するような場合は、恐れず真っ向から反対意見を述べる。これが野武士精神だ。日立製作所の場合、創業者が明治以来、電機類がすべて欧米製のものだったものを日本製に変えていく意気込みがあった。先輩たちは日立製作所と命名したのは「日本立国製作所だ」と言っていた。その伝統が社長が1代で問題を起こしても、次の社長は完全に再生させていける土壌を作っていった。東芝の場合、3代の社長が続けて不正を隠蔽(いんぺい)していたが、経理や監査部門が独立している日立では考えられない。開発型の企業ではいかにコアとなる人材を育成するかが重要だ。
大塚家具が創業者と2代目社長の間で確執が続いており、日本企業では後継者問題でこのようなトラブルが多い。どう対処すべきか。
創業者はかつての成功体験がリスクを見る目を失わせている。社長は自分の身の引き際が難しい。後継者育成については、社長が今までやってきたことを引き継ぐ経営者か、まったく違う経営者を選ぶかで大きく変わってくる。社長になると、下から上がってくる情報がスクリーニングされて良い情報しかなくなり、厳しい讒言(ざんげん)をする者を避けるようになる。老害にならないためには、自分の身の引き際は自分で決めなければならない。本田宗一郎の潔い見事な引き際を見習うべきだ。社長の評価は現職時代に何を成し遂げたかも重要だが、どんな後継者を育てたかもトータルで見ることだ。
役員の任期を決め、世代交代を円滑に行うことも大切か。
役員の上限年齢、任期について決めておく。あと何年だから、それまでに何を残すかと考えるようになる。20世紀の日本人経営者は10年サイクルで世代交代しても良い時代だった。しかし、21世紀は2期4年を終えるのは至難の業。1期1年も多い。グローバル時代になり、社長が海外を転々と視察する必要もあり、時代の変化が激しいのでかつての成功体験が邪魔をする時代。心底、社長業をやろうとすると10年もたない。渋沢栄一氏の言う「論語とそろばん」の両方が大切。21世紀の企業はどういう儲け方をしているかまで問われる時代になった。西武グループの創業者、堤康次郎氏は「経営の妙は刑務所の塀の上を内側に落ちないように歩くようなもの」と言っているが、21世紀はそれが許されない時代。日立の場合、歴代の社長は自分の子供を日立に入れなかった。
企業が健全な経営を行う上で大切なポイントは。
新入社員が入社3年まででどの程度、退職しているかを見る離職率。売り上げに占める社員教育投資が年々、どれぐらいになっているか。人材こそ人財であり、業種業態によって違うが、日立の場合、広い意味での人財育成投資に1割ぐらいはキープしていた。経営者は引き際を潔くするためにも、仕事以外に趣味を持つべきだ。社員は50代から定年退職後の第二の生き方のために見識を広めて資格を取ったり、準備することで活力が生まれる。
これからの企業に問われるのは何か。
20世紀の日本企業は米国に追いつけ追い越せで、目標に向かって社員一丸となって取り組む金太郎飴の金太郎軍団スタイルだった。しかし、21世紀の日本企業は桃太郎軍団になるべきだ。桃太郎を中心にイヌ、サル、キジというまったく違うタイプの人々の個性と能力を生かしながら鬼ケ島まで鬼を退治しに行く。桃太郎はそれぞれの思惑を知りながらうまくコントロールしていくマネージャー役。グローバル企業になると、インド人や中国人も入ってくるし、各国、各民族の文化や価値観を大切にしながら伸ばしていくか、桃太郎の役割が重要になってくる。中国でいえば西遊記の三蔵法師を中心としたまとまりだ。一人孫悟空ではうまくいかない時代となっている。問題は評価基準が年功序列、定年制から成果主義に極端に走ると歪みを生じる点だ。そのバランスが大切だ。
東日本大震災、熊本地震など日本でも震災被害が大きな爪痕を残し、企業も復旧支援をしているが、企業による支援はどうあるべきか。
被災地支援の名目で企業宣伝しようとの思惑が働くようでは情けない。本来、企業は陰で徳を積む陰徳文化を培うべきだ。大手企業でも社風として陰徳を積むことを大いに奨励する企業もある。20世紀は「物の時代」、21世紀は「心の時代」と言われるが、震災では物質的豊かさよりも目に見えないものの尊さ、素晴らしさを学び、他人を思いやる心、譲り合いの心、利他による互助精神が企業文化としても生かされていくべきだ。熊本地震では今までの日本の互助の精神が生かされていくはずだ。