買い手市場強まる日本経済
気がかりな中国の変調
アベノミクスは試練に遭遇
業種業態によって業況に格差があるという意味で日本の景況は“まだら模様”を描いたまま推移する可能性が高い―という予測を当欄で述べてから4カ月余り。昨今の情勢は筆者が推測したよりもやや悪い。いわゆるゼロ金利政策長期化のマイナスの影響が、国内に影を落としている―そういわざるを得ない。国内市場はバターなど例外もあるが、全体として買い手市場の傾向を帯びている。
先の大戦末期から戦後期にかけては、食糧や身近な日用消費用品まで何もかもひどい物不足、換言すれば、統制の網をくぐる“ヤミ市場”ではもとより、日本の経済社会の全体が、生産者と販売業者が優位に立つ一方的な売り手市場だった。物不足の端的な例を一つだけ挙げるとひどい紙不足がある。いつごろからいつごろまでだったか、記憶にないが、日刊紙はただの表と裏の1枚つまり2㌻、かつ、読み終わった古新聞は包装用のチリ紙代用の貴重品、それほどに物不足がひどかった。
現況はどうか。食品、飲み物、生活を豊かにし少しでも快適にするための物品が、それも内外の多種多様の品々が、百貨店やスーパーマーケットや一般小売店に並んでいる。日本が敗戦の痛手から立ち直って屈指の経済大国になる以前は国民の大多数が想像もしなかった海外の珍味も、消費者の手に届きやすい。
しかも、買い手優位の市場情勢に加えて、さらなる厄介なマイナス要因が表面化してきている。消費税率の5%から8%への引き上げと日銀のゼロ金利政策の副作用がそれ。両者とも、消費の伸びを多かれ少なかれ抑制する要因である。買い手優位の上に、この二つは消費の伸びをさらに阻害する役割を明らかに演じている。消費税率引き上げが買い手優位の市場で一段と消費の伸びにマイナスに働くことは自明だが、ゼロ金利政策の副作用も軽視できない。ゼロ金利政策による円安のせいによる海外からの食品など輸入諸物資の価格上昇、さらに、預金者の利子所得の減少、この二点で、後者は通算すると数十兆円規模もの巨額に達する。ともに消費のさらなる伸びを妨げている。
脱線するが、発券銀行としての日銀の資産が一方的に国債偏重になっている現況にも、首をかしげざるを得ない。まさかそんなことにまではなるまいとは考えるが、先の大戦中、臨時軍事費用の名の下に資産の裏付けのない日銀券が次から次へと軍の手にわたり、それが爆発的な戦後大インフレの一大要因になった歴史的事実を、筆者は忘れることができない。現況は、国債という資産の裏付けが確かにある。が、あまりに国債に偏り過ぎていることも否めない。
話を戻す。買い手優位の市場では、国民経済は全体として成長しにくい。昭和30年代後半から40年代半ばにかけての驚異的ともいうべき経済高成長の基盤条件は“物不足”で、民間に購買力を付与すれば経済は成長拡大するとの政府の的確な状況判断があった。日本経済の現況は当時とは対照的で全体としては“物余り”の買い手市場の色合いが濃いから、国民経済は成長しにくい。それに加えての消費税率引き上げとゼロ金利政策による輸入商品のコスト高、さらに利子所得の大幅減、これでは成長の足踏みは当然だろう。
確かに、政府はそれなりの手をうった。消費税の税率引き上げによる消費抑圧効果を抑え込むため財界に賃上げを促したのがそれ。財界もまたそれに対して高収益企業(円安で輸出増にうるおうものが中心)を先頭に近年では珍しいほどの賃上げで応じた。けれども経済が買い手優位の基調を続けている以上、賃上げによる消費下支え効果は乏しい。購買力に余裕のある中堅以上の所得層の中には海外観光旅行に動き海外で消費する傾向が強まる。低所得層は低所得層で生活防衛を続ける。かくして、個人消費は全体として伸びず、景況は“まだら模様”のまま不冴えの状況を続けざるを得ない。
加えて、最近は気がかりな要因が現れている。国民経済の規模で世界第2位の経済大国である中国の経済変調である。中国はもともと所得格差が大きい。高所得層が円安基調を好機として大量に訪日し、いわゆる“爆買い”で百貨店や高級商品(装飾品など)を扱う有名小売店の売り上げを多少なりとも支える役割を演じたことは、まだ記憶に新しいが、日本の消費需要増加要因としてはごく小さい。だが、中国経済自体の変調となると、その程度いかんで日本経済にも相応のマイナスになろう。各国の株式市場は大荒れ。日本の対中輸出入並びに中国と経済交流のある各国への影響の日本経済へのハネ返りは、軽くはあるまい。その大きさいかんは、現段階では筆者には予測できない。日本経済社会の買い手市場の様相が一段と強まるだろうとは言えよう。
そこで結論。買い手市場の状態はまだ続く。消費税率引き上げの成果は乏しく、「アベノミクス」は成功していないし、成功の見通しもない。日本経済の鈍調は続こう。
(おぜき・みちのぶ)