ロシアの対ドイツ情報戦争
少女強姦事件捏造し放送
メルケル政権不安定化狙う
戦争には多様な側面が存在し、情報戦もその一側面だ。情報戦の特徴はその行動が戦時・平時と問わないところにある。最近の一例を紹介しよう。ロシア最大の国営第1テレビは1月16日『ドイツレポート』を放映した。そこでイヴァン・ブラゴイ特派員は、1月11日にベルリン・マルツアーンのロシア系ドイツ人家族の13歳の少女がアラブ系外国人によって乗用車に引き込まれ、誘拐され、ある住居で30時間にわたって強姦された後、街路に捨てられたと報告した。
少女(リーサ)の叔母として紹介された女性が涙ながらに語った報告によれば、(ベルリン)警察は犠牲者(少女)を3時間にわたって取り調べたが、その後、何の行動もしなかった。その後「自発的」と称されるデモ行進が紹介され、デモ隊のある若い女性は「わたしは子供たちが難民キャンプのそばを通ることが心配で3日も寝られない」と述べ、ある男性は、「この辺では日常的に強姦が発生している」と主張している。
この『ドイツレポート』は大成功で、フェースブックでは3日間に130万のアクセスがみられた。しかし、実はこのレポートの「自然発生的デモ」はドイツ右翼のドイツ国家民主党(NPD)主催のデモであり、しかも紹介された警察はドイツの警察ではなく、スウェーデンとフィンランドの警察であったことが判明している。
しかし、その捏造レポートの影響は絶大であった。1月24日(日曜)のロシア系ドイツ人の「級友再会」デモへの参加者数は、バーデン・ヴュルテンベルグだけでも3000人、ドイツ全体でも1万人以上と推定されている。デモでは、ベルリン警察の「13才の少女の誘拐も強姦も事実ではない」との説明は、参加者たちによって無視された。
デモ参加者の主要批判対象は、メルケル連邦首相の難民受入れ政策であった。1月26日、ラブロフ露外相は直接介入を開始した。ラブロフ外相は、「我々の少女リーサは、決して自発的に30時間消えたわけではない。私は、ドイツで政治的正しさから現実への上塗り、つまり犯罪のもみ消しが行われないことを望む。真実と正義が勝利しなければならない」と述べた。これに対し、シュタインマイヤー独外相は、ラブロフ発言をドイツの困難な移民論議への内政介入とみなした。
1月29日、ベルリン検察局は事件の全容を公表した。曰く、13才のリーサは、20歳のトルコ系ドイツ人2人と合意による性交渉を持った。しかし、少女との性交渉は犯罪を構成するので、その方向での捜索が継続されている。なお、この性交渉は少女が消える以前に行われている。リーサは、学校で成績問題を抱えており、それが公表される際に両親を恐れ、友人(男性)に泊めてくれるよう頼み、実際にそこに泊まった。
この事実は、友人とその母親の証言による。さらに医師の検査により、強姦がなかったことが証明された。コンスタンツのマルチン・ルイテレ弁護士は、従って番組作成に携わったイヴァン・ブラゴイ特派員を人民扇動の罪で告発した。ルイテレ弁護士のホームページはその1日後、ハッカーによって破壊され、電話による殺人威嚇が繰り返されるようになった。現在、氏は警察の保護下に置かれている。
前記のような事件が単なる例外的な個別ケースに過ぎないと考える者は、誤謬に陥っている。ロシアはすでにソ連崩壊後間もなく西側緒国に対する情報戦争を開始した。情報機関が支配する国家においては、その偽情報政策が国家政策の一部を構成している。ハイブリッド戦争には決定的に広範囲にわたる偽情報の投入が含まれている。ロシア政府はその際に外国向けテレビ放送(Russia Today=RT)を強化している。
その放送方式におけるリーサの場合の偽造・捏造のたぐいは、ロシア型情報戦争の日常の手法である。この種のプロパガンダは、二つの目的を有している。まずは、これによってロシア住民が、カオスが支配する退廃した西側に住むよりはロシアに住む方を良しとすることである。同時に欧州においてロシア語を話す諸共同体を味方につけ、欧州連合(EU)を不安定化させ、分裂させることである。
プーチン大統領はこのために「ロシア世界」の構想を有している。この構想によれば、ロシア人とは、ロシア語を話し、ロシア人であると感じている全ての人である。ドイツにはおよそ600万人のロシア系ドイツ人がいると言われている。従って計算上は15人に1人がロシア系ドイツ人ということになる。これにプーチン構想をは適用するならば「我らが少女リーサ」は手続きをすればロシア連邦の国籍の獲得も可能になる。
プーチン政権は、欧州最大の対立者たるメルケル独首相の地位の不安定化を試みている。新たな難民の受け入れで、自己の既得権の喪失を恐れる多数のロシア系ドイツ人の不満がロシアの意図的な偽情報や捏造によって現政権に向けられるようになれば、ドイツ社会の不安定化は不可能とは言い得ない。
(こばやし・ひろあき)