シリア介入に動いたロシア
アサド政権援護が目的
ISと反政府組織を標的に
クリミア併合で孤立していたロシアが、シリア問題で主導権を握って行動している。9・11事件でプーチン大統領が、いち早く露米の協調関係を築いた状況に似ている。
ロシア旅客機墜落事件、続いてパリ同時多発テロが発生、プーチン大統領は「我々もテロの被害者だ」とパリ事件後すぐさま表明、仏オランド大統領もこれに応じた。パリ事件前日にオバマ大統領が「テロ組織ISIS(自称イスラム国。以下IS)を封じ込めた」と発言していたことと対照的であった。
ISのイラク・シリアへの急激な勢力拡大をみて、2014年8月から米国(後に有志連合)はイラク、同9月からシリアへも空爆を始めた。しかし、民間人犠牲者を抑える必要から、あまり効果を挙げていなかった。
ロシアは、昨年初めシリア介入の意図を固め、8月には空爆実施の具体案を作成、軍要員・装備を展開し始めた。
オバマ政権の腰の引けた外交を好機として、ロシアのシリア軍事介入は、後退していた中東への影響力の回復、シリアのチェチェン人やチェルケス人などの自国流入によるカフカス地域の不安定化防止、クリミア併合による経済制裁の解除などを狙ったものと考えられる。もちろん直接的には、アサド政権が反体制派から攻撃を受け占領された地域を軍事力で奪回させることである。
ロシアは、昨年2月にシリアの対岸キプロスと艦艇寄港協定を結ぶと共に、密かにシリアの沿岸都市ラタキアのアサド国際空港・フマイミム空軍基地(二つは隣接)を整備、タルトゥス海軍基地の改修を始め、シリア介入の足場を固めていた。
プーチン大統領の国連総会演説2日後の9月30日、ロシアは、単独でシリアにおける戦闘爆撃機による空爆を開始する。ロシアは、ISを攻撃すると言いつつ、主としてアサド政権の敵、米国の支援する反政府組織の支配地域へ爆撃した。それは、政府軍、これを応援するヒズボラ、イラン・イラクのシーア派民兵の地上攻撃を直協支援する空爆である。砲兵火力に比し、大規模・激烈かつ不意急襲的な火力支援である。
ロシアは、空爆開始後継続して、国民はもとより外国に向けシリアでの軍事行動を映像も使い、海・空軍の意気盛んな様をネットで派手に流している。国際社会に反射理論に基づく情報戦を展開、ロシアに有利な状況の醸成を図っている。
空爆開始から8日目の10月7日未明、カスピ小艦隊のミサイル艦4隻が、カスピ海から最新鋭の艦対地巡航ミサイル「カリブル」(有効射程1500㌔㍍。命中精度3㍍)を26回発射。イラン及びイラク上空を飛行、アレッポやラッカのIS拠点11目標を狙った。続いて11月20日同ミサイル8基を発射した。小型艦艇による遠隔地からの戦略攻撃である。
11月17日、安全保障関連閣僚会議で旅客機墜落事件(10月31日)をテロと断定すると、すかさずプーチン大統領は、国防省の国家防衛指揮センターを訪れ、国防相や参謀総長と共に戦略爆撃機の報復爆撃の行動やラタキア沖の艦艇群の行動を映像で視察する。戦略爆撃機11機はロシア・サラトフ郊外のエンゲリス第2航空基地から発進、カスピ海上空から17目標に34発の最新鋭ステルス性空対地巡航ミサイルKh101やKh555をアレッポ南郊のIS拠点などに発射した。中型戦略爆撃機12機は、通常爆弾を大量に搭載して北オセチアのモズドク航空基地を発進、ISの「首都」ラッカや油田があるデリゾールへ絨毯爆撃を行った。戦略爆撃機の遠距離飛行、ミサイルの遠距離点目標攻撃及び爆弾の絨毯攻撃は、甚大な破壊と精神的衝撃を与えたと思われる。ロシアの海外への戦略爆撃は戦後初めてである。
参謀本部作戦総局長によれば、空爆開始から3カ月弱の86日間で、空軍は5250回出撃(うち戦略爆撃機145出撃)した。1カ国で1日平均61出撃は、米国をはじめとする有志連合の15出撃に比し格段に多い。
12月8日、黒海艦隊所属の改キロ級潜水艦が、地中海からラッカ周辺の2箇所にミサイル「カリブル」を発射した。初めての水中発射であり、遠距離新兵器の他国への実戦的運用であった。
ロシアの攻撃の特徴は、海空の多種類の近代兵器の使用及び初めての戦略爆撃機・小艦艇による戦略攻撃である。そこには、ロシア兵器の実戦での優秀さを誇示し、兵器売却を有利にする意図も見られる。
最近の外国との軍事協力として、昨12月13日、露・仏参謀総長がモスクワで会談し、作戦情報の相互交換で合意している。
ロシアは、経済苦境の中、ウクライナ東部とシリアの戦闘支援にこれからも多大の出費を強いられる。シリア政府軍は兵員不足に悩み、難民も続出、収入は減少するばかりである。一方、反政府組織やISも資金調達、兵士・兵器補充は厳しさを増すだろう。それぞれの戦う意欲と物的資源が今後どのように推移するか、力比べである。
年初、サウジアラビアがイランとの外交関係を断絶した。両国と近いロシアは、これを好機と捉え断絶の修復や月内のシリア平和協議に力を振るうだろう。
(いぬい・いちう)