英国のEU離脱と漁業への影響
一般社団法人生態系総合研究所代表理事 小松 正之
水産物の輸出入で混乱も
英水域から他国漁船締め出しへ
ブレグジット(Brexit)は英国の欧州連合(EU)からの離脱で、2016年6月の国民投票の結果、52%の国民が離脱を選択したことによる。英国は20年1月31日にEUと関税同盟から離脱した。1973年にEUの前身の欧州共同体(EC)加盟した時も、英国内には加盟に懐疑的な声が多くあり、これが現在までくすぶって現実のものとなった。
本年12月31日にはEU加盟国の地位を失い、EU単一市場からも離脱する。従って英国から欧州大陸への輸出品は、合意がなければ国境での検問を受け、関税が課せられることになる。ロブスター、エビや貝類など英国で水揚げされた高級な水産物の8~9割は、水産物を好むスペイン、イタリア、ポルトガル、フランスなどの欧州市場で消費されるので、輸入扱いでは国境で混乱が生じる可能性がある。
最大面積誇る重要漁場
また、英国の200カイリ水域はEU加盟国中の中で最大面積を誇る重要漁場であり、12月31日以降に操業条件に合意がない場合には、この海域で操業するフランス、デンマーク、スペインの漁船が締め出される。1973年には欧州の漁船は共通漁業政策の下に、英国水域で操業を認められたが、英国漁民から見るとスペインやフランスの大型漁船が英国の海域で資源を勝手に漁獲したとの印象を持ち、EU加盟の犠牲にされたとの思いが強かった。
一方、仏政府や漁業関係者は、仏沿岸で産卵して稚魚となり次第に大型化した魚類が英国海域でさらに成長するのであり、それを漁獲する権利が仏漁民にはあるとの考えである。フランスのマクロン大統領は、仏漁船の継続的操業に強くこだわり、仏漁業者の操業が確保されなければいかなる合意もあり得ないとの強硬な姿勢を取っている。
他方、英国のジョンソン首相も英国が自国200カイリ漁業資源を主権的権利として管理することは、国連海洋法条約に認められた沿岸国の権利であるとの立場である。漁業は英国の国家としての象徴的な問題で、小規模漁業者を中心に英漁業者はEU漁船の締め出しは大歓迎である。
漁業問題は欧州の幾つかの国にとって鬼門であり、政治的にも重要問題である。ノルウェーは72年と94年の2度にわたりEUへの加盟を検討したが、北海油田があることに加えて、漁業者の強い反対でEU加盟を断念した。EU漁船がノルウェー水域で操業することを嫌っているためである。アイスランドも同様にEU非加盟であり、58年にはアイスランドが自国の領海幅員を4カイリから12カイリに拡大したため、英国は海軍を出動させ紛争となった。
ノルウェーの最大の貿易相手国はEUであり、全輸出の3分の2を占める。欧州経済地域(EEA)として、ノルウェー水産物は検疫上特別の扱いを受け、EU市場への自由なマーケットアクセスを得て、サケが検査なしでEU市場に輸出される。ノルウェー政府は英国とEU間で合意と非合意の場合の全オプションを検討中だが、結局は12月31日以降のアレンジメント次第で判断しよう。
生鮮サケがスムーズに英国に輸出できなければ、ノルウェー養殖業者にとっては大きな打撃となる。ハドック(タラの一種)などの白身魚は英国のフィッシュ・アンド・チップスには不可欠であり、関税は懸念材料となる。生鮮魚介類輸出にとって、国境制限無しが極めて重要である。生鮮水産物が国境で足止められると価値が低下するからだ。
時間をかけて段階的に
現在、EUの各国漁船が英国の排他的経済水域内で操業しており、年間70万㌧を漁獲している。一方、英漁船のそれは10万㌧の漁獲にとどまる。英漁船もオランダ、ベルギー、フランスなどの水域で操業しているが、漁獲量は多くなく不均衡になっている。多くの英漁業者は外国漁船の操業に飽き飽きしており、追い出しを期待しているが、漁業が英国の国内総生産(GDP)に占める割合はわずか0・1%でしかない。
最後はジョンソン首相とマクロン大統領の高い政治レベルでの妥協を、12月31日以降も模索することになろう。一つの選択肢として、フランス、スペイン、オランダその他の国の漁船の、数年の時間をかけてのフェードアウト(段階的締め出し)が現実的であろう。
(こまつ・まさゆき)











