5G覇権争い、勢力圏分ける「踏み絵」か

米中新冷戦 第1部「幻想」から覚めた米国 (5)

 何者かがニューヨーク市内の全世帯のエアコンを操作し、設定温度を一斉に数度変えたらどうなるだろうか。発電所がパンクし停電してしまうかもしれない。あり得ないと思えるこんな事態も、次世代通信規格「5G」の時代は絵空事ではなくなるのだ。

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北京市内にあるファーウェイのショールーム(UPI)

 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)副会長の逮捕劇が浮き彫りにした5Gをめぐる米中の対立。米国がファーウェイなど中国企業の通信機器排除に乗り出したのは、社会・経済から軍事に至るまで甚大なインパクトをもたらす5Gインフラの構築で中国が主導権を握ることは、重大な安全保障上の脅威と捉えているためだ。

 5G時代は自動運転や遠隔医療など劇的な生活の利便性向上が期待される半面、あらゆるモノやサービスがインターネットとつながることは、それだけサイバー攻撃のリスクを高めることになる。冒頭のような事態が起きることも否定できないわけだ。

 「バックドア(裏口)を仕込まれたら、ゲームオーバーだ」。クリス・メセロール・ブルッキングズ研究所研究員はワシントン・タイムズ紙に、中国企業が通信機器にバックドアと呼ばれるデータの抜け道を仕掛けた場合、すべての情報が中国に筒抜けになると指摘した。

 中国製品にそうしたリスクがあることを裏付ける具体的な証拠はまだ見つかっていない。だが、中国にはライバル国に勝つためならあらゆる手を使う「意図」があり、中国製の5Gインフラはその意図を行動に移す中国の「能力」を飛躍的に高める恐れがある。

 米国は「中国機器外し」を国内だけでなく、日本やドイツ、イタリアなど米軍基地を置く国々にも要求。軍事機密が盗まれるのを防ぐためだが、米中の5G対立は全世界に飛び火している。米英など英語圏5カ国による情報共有協定「ファイブ・アイズ」のメンバーであるオーストラリアとニュージーランドは、既に5G網整備から中国排除を決めている。

 米国と同盟を結ぶ日本は、米国と歩調を合わせることを決めたが、米中の狭間に立つ国々は難しい判断を迫られる。シンガポールのリー・シェンロン首相は昨年11月、東南アジア諸国は米中のどちらかを取るか「選択を求められるかもしれない」と述べたが、5Gが米中の勢力圏を分ける一つの「踏み絵」となる可能性もある。

 重要なのは5Gだけではない。ロシアのプーチン大統領は人工知能(AI)をリードする国が「世界の支配者になる」と主張したが、AIや量子コンピューターなどを含めたハイテク競争を制する国が経済競争力や軍事力でも優位に立つことは間違いない。

 「歴史的に技術の進歩のパターンが大国の興亡を決定付けてきた。将来の米中のパワーバランスは、戦略的テクノロジーによって左右されるだろう」。エルサ・カニア新米国安全保障センター非常勤研究員は、政治専門紙「ザ・ヒル」への寄稿でハイテク競争が覇権争いのカギを握ると指摘した。

 中国は5G開発で先行する一方、AIでも「米国は負けそうだ」(スティーブン・アンドリオール・ビラノバ大教授)との見方もある。こうした状況も米国の危機感に火を付けている。

(編集委員・早川俊行)