「常識」砕いたトランプ氏、半世紀の関与政策を転換
米国と中国の対立は、貿易戦争を超え軍事やハイテク分野を含む全面対決の様相を呈してきた。21世紀の覇権を懸けた「新冷戦」の背景や現在の動きを、第1部は米国側から探る。(編集委員・早川俊行)
米国は中国が経済発展すれば、いずれ政治も自由化していくという「幻想」にとらわれている――。
元ロサンゼルス・タイムズ紙北京支局長のジェームズ・マン氏が著書『ザ・チャイナ・ファンタジー』(邦題『危険な幻想』)で、こう喝破したのは2007年のことだ。実際、ニクソン政権からオバマ政権に至るまで、中国への関与を続ければ、変革を誘導できるという考え方が米歴代政権の対中政策を支配してきた。
クリントン大統領は、中国の経済改革が「時とともに自由の精神を育てる」と述べ、ブッシュ(子)大統領も「経済が改革され、自由への扉がいったん開かれたなら、その扉はもはや閉じることができない」と主張した。だが、半世紀近くにわたる関与政策の結果、中国はどうなったか。平和的な民主国家になるどころか、一段と強権体制を強め、米国が築いた国際秩序を脅かす強大なライバルを生み出してしまった。
米国の対中政策が大きく変わり始めたのは、トランプ政権が誕生してからだ。17年12月の国家安全保障戦略は、関与によってライバルをパートナーに変えられるという仮定は「誤りだったことが判明した」と明記。ペンス副大統領も、昨年10月の対中政策演説で「歴代政権は中国の自由が経済的だけでなく、政治的にも拡大されることを期待した。だが、この希望は達成されなかった」と述べた。いずれも関与政策の失敗を認めるものだ。
米国はようやく「中国幻想」から目覚めたのか。ワシントンを拠点に著作活動を続けるマン氏は、本紙のインタビューに「この2、3年で、共和、民主両党、そして中国専門家の間で、貿易や投資、経済的繁栄が中国を政治の自由化に導くという中国幻想は、誤りだったという認識が広がっている。対中政策の要である前提が崩れ始めた」と指摘した。
実際、米議会の公聴会やシンクタンクのセミナーを取材すると、ほぼ中国批判一色だ。記者(早川)は17年まで12年間特派員としてワシントンに駐在したが、対中強硬論がこれほど高まるのは見たことがなく、中国を見る米国の目が様変わりしたことは確かだ。
16年大統領選で民主党のヒラリー・クリントン候補が勝利していたとしても、対中政策の見直しは行われていたとの見方もある。だが、これまで中国の軍拡や人権弾圧などをめぐり、一時的に対中批判が高まっても、関与政策が最善だという米国内の確信が揺らぐことはなかった。それだけに、トランプ氏という「非常識」の大統領でなければ、強固な対中政策の「常識」を打ち砕くことは困難だった可能性が高い。
タブー視されてきた貿易戦争にまで踏み込んだトランプ政権の下では、中国をめぐる議論に「聖域」はなくなった。ワシントンでは今、経済だけでなく、外交、安全保障、人権、ハイテク、イデオロギーなどあらゆる分野で、中国にどう対抗し、競争に勝つか、活発な議論が巻き起こっている。
中国の軍事動向に詳しいトシ・ヨシハラ米戦略予算評価センター上級研究員は言う。
「習近平中国国家主席の野心を考えると、われわれには時間の余裕がない。多くの決断を早急に下さなければならない中で、劇的な方針転換はトランプ氏が米国の政策コミュニティーにくれた贈り物だ」