米国の分断 NFL選手の「片膝抗議」
愛国心が強く、政治的には反共、そんな米国人のイメージを覆す現象が、特に若い世代の間で相次いでいる。米国が米国らしからぬ国に変わりつつあることを象徴する社会の分断の事例を報告する。(編集委員・早川俊行)
揺らぐ国旗・国歌への敬意
圧倒的な人気で米プロスポーツ界の頂点に君臨するナショナル・フットボールリーグ(NFL)。だが、過去2シーズン、屋台骨を揺るがす騒動に直面してきた。その発端となったのが、一人のスター選手が取った「ある行動」だった。
2016年8月のプレシーズンゲームで、試合前の国歌斉唱時に起立せず、座ったままの選手がいた。サンフランシスコ・フォーティナイナーズのクオーターバック(QB)、コリン・キャパニック選手だ。
「黒人や有色人種を抑圧する国の国旗に起立して敬意を示すことはしない」
キャパニック選手は試合後、警察による黒人への暴力や人種間の不平等に対する不満を起立拒否の形で表したと説明した。黒人が警官に射殺される事件がクローズアップされ、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」と呼ばれる抗議運動が広がったのを受けての行動だった。
キャパニック選手は、次の試合から国歌斉唱時に片膝をついて抗議姿勢を示すようになったが、NFLの他チームだけでなく、他のスポーツでも同調する選手が続出。本来、国民が愛国心や一体感を確認し合うスポーツイベントの国歌斉唱が、社会を分断する政治論争の舞台と化してしまった。
当時のオバマ大統領はキャパニック選手らの行動に同情的だったが、後任のトランプ大統領はあからさまに非難。昨年9月には「国旗に敬意を示さない畜生はクビにしろ」とまで言い放った。
トランプ氏の発言には強い反発が起こり、直後の試合ではリーグ全体で200人以上の選手が国歌斉唱時の起立を拒否。一部のオーナーも選手たちと腕を組んで連帯の意思を示した。
リベラルメディアは、キャパニック選手を英雄のように扱ったが、一般のNFLファンの間では、人種差別が依然深刻な問題であるとしても、国歌斉唱時に膝をつくのは国旗・国歌や国家のために命を捧(ささ)げる軍人への侮辱と受け止める見方が支配的だった。
また、キャパニック選手の言動が反国家、反権力の色彩が濃いと印象付けたのは、警官の格好をしたブタの絵が描かれた靴下を履いて警察を侮辱したり、キューバのフィデル・カストロ元議長の写真がプリントされたTシャツを着て記者会見に登場したりしたからだ。
キャパニック選手は現在、所属チームがないが、抗議を始めた当時、年平均1900万㌦(約21億円)も稼いでいた。一般人には考えられない高額な給料をもらい、豊かな米社会の恩恵を誰より享受するNFL選手たちが、反米的ともいえる行動を取る姿に、多くのファンが幻滅したのは当然といえる。
実際、騒動が発生してから、NFLの視聴率は大きく下落した。視聴率低下は複合的要因だが、愛国心の強いファンを遠ざけたことが響いたのは間違いない。
日本の公立校の卒業式で国歌の起立斉唱を拒否する教職員を想起させたNFL選手の「片膝抗議」。こうした行為がテレビ中継される場で堂々と行われた事実が、若い世代の間で米国を否定的に捉える価値観が浸透していることを物語っている。