「米国第一」の背景、「地政学」の復活を直視

トランプのアメリカ 就任から1年(4)

 トランプ米大統領が昨年12月に発表した国家安全保障戦略(NSS)には次のような一節がある。

 「ライバル国に関与し、国際機関や世界貿易に組み入れることで、これら国々を良性のアクター、信頼できるパートナーに変えられるという仮定に基づいた過去20年間の政策は再考が求められている。ほとんどの場合、この仮定は誤りだったことが判明した」

 これは主に中国を念頭に置いたものだ。米国の歴代政権は、中国の発展を積極的に支援すれば、中国は平和的な民主国家に変わると信じてきた。だが、実際は米国中心の国際秩序を脅かす強大なライバルを生み出してしまった。

 トランプ政権はこの現実を直視し、冷戦後の関与と協調を中心とした対外政策は失敗だったとはっきり認めたのだ。米外交政策の大きな転換である。

 ライバル国との協調が機能しない世界に残るのは何か。「競争」に他ならない。

 NSSは「前世紀の現象と片付けられた大国間競争が復活した」と明言。競争が国際秩序を規定する、つまり世界は各国が利益を守るためにしのぎを削る「地政学」の時代に逆戻りしたというのが、トランプ政権の根底にある世界観なのだ。マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)も「地政学が猛烈な勢いで戻ってきた」とはっきり述べている。

 NSSはまた、「米国が競争に成功することが紛争を防ぐ最善の道」と強調したが、これは関与や協調によってではなく、中国やロシアなどとの競争を勝ち抜くことで米国の安全を守るという“決意表明”と言っていい。

 米国の政治学者フランシス・フクヤマ氏は、冷戦後の世界を「歴史の終わり」と評し、民主主義・自由市場経済体制に収斂(しゅうれん)していくと説いた。冷戦後、関与と協調が米外交の基軸となったのは、知識層の間で自由・民主主義の拡大は歴史の必然との認識が浸透していたからだ。

 これに対し、米国の著名な政治学者ウォルター・ラッセル・ミード氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムで「歴史は終わっていない。米外交政策は現実に戻る必要がある」と断言。「トランプ氏は冷戦後の政策がもはや維持できないことを理解している」と、国際政治の「現実」を直視する同氏の姿勢を評価している。

 トランプ氏が掲げる「米国第一主義」は、日本を含め全世界に大きな衝撃を与えたが、その背後にあるのは世界は競争が当たり前の時代に戻ったとの認識だ。弱肉強食の世界では、誰かが自分の利益を守ってくれるわけではない。自己責任で競争に勝っていく以外に道はない。そこから米国の利益を最優先する米国第一主義の概念が生まれてくるわけだ。

 トランプ政権は中露との地政学的競争に勝ち抜く観点から同盟の重要性を理解しており、その意味では孤立主義に傾斜しているわけではない。ただ目指す同盟関係の在り方は、従来のものとは大きく異なる。各国が米国に依存する片務的な関係から、自分の利益は自分で守れる自立した国家が協力し合う双務的な関係に変えたいと考えている。トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州各国に国防費増額を要求したのもその表れだ。

 わが国も米外交の基底にある世界観がトランプ氏の下で劇的に変わったことを直視し、競争に生き残る道を模索していくことが求められる。

(ワシントン・早川俊行)