冷静要す露のクリミア併合
ウクライナ騒乱の帰結
プロパガンダ戦争の様相に
昨年11月以来、混迷を続けたウクライナ情勢は3月18日、独立宣言後のクリミア自治共和国のロシアへの編入条約調印のあと、4月に入ってドネツク、ハリコフ、ルガンスクなど同国東部諸州での親ロシア勢力による共和国宣言といった事態に発展した。ウクライナは東部地域も失い東西に分裂するのか。今後どのように推移するかは予断を許さない。
クリミアはロシア連邦の22番目の共和国になった。ロシアはグルジア戦争後、南オセチアとアブハジアの独立を認めたが、連邦編入申請があったにもかかわらず、領土拡張にこだわることなく、自国領土に編入しなかった。今回、ソ連解体後初めてロシアは他国領の一部を併合したのである。また、新クリミア共和国とセバストポリ市を統括する9番目のクリミア連邦管区が創設された。
それは計画的な併合だったのか? その確証は今のところ見当たらない。むしろ、ロシアにとってクリミア編入は僥倖(ぎょうこう)な「タナボタ」であった。キエフでの100人を超える死者を出した武力衝突がなければ、ウクライナに縁の深いフルシチョフが1954年ウクライナに「プレゼント」して以来、クリミアが60年ぶりに自国領に戻ることはクレムリンも予想していなかったに違いない。「マイダン2月革命」といわれるウクライナ騒乱の帰結であった。
ロシアにクリミア併合を決断させた3月16日の住民投票(投票率83・1%、ロシアへの編入賛成96・77%)について、欧米日の多くのメディアは「ロシア軍の侵略・監視のもとに行われた不正選挙」などと喧伝した。果たしてそうか?これも疑わしい。街頭にロシア軍兵士の姿があったとしても、97年のロシア・ウクライナ協定に基づいて認められた駐留ロシア軍兵士(2万5000人)のうちの1万6000人の一部であった可能性が高い。ロシアが新たにクリミアに軍隊を投入した具体的な証拠は指摘されていない。また、投票を見守った国際選挙監視団や外国人ジャーナリストから選挙違反の報告は聞かれなかった。
クリミアの人口の約60%はロシア系住民で、ウクライナ系は約24%、タタール系は約12%。ウクライナ系とタタール系が全員ボイコットしても、投票率は6割程度だ。8割を超えた投票率から見て、選挙に足を運んだのはロシア系住民だけではなかったことになろう。ふだんは厳しいプーチン批判を繰り返すミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領だが、クリミア編入に関して「インタファクス」とのインタビューで、「(フルシチョフによって)かつては住民に訊(たず)ねることなくウクライナへ併合された。今、住民自身がその過ちを修正することを決めた。これは歓迎すべきことであり、このことで(ロシアへの)制裁を発動すべきでない」と語った。
さて、元欧州評議会事務総長ワルター・シュビマー氏は4月初め、都内で開催された「欧州における平和構築のプロセスと東アジアへの提言」と題する日欧有識者フォーラムで講演した。その中で、クリミアの今後については「ウクライナには戻らないだろう」と予測。また、「ウクライナ(の暫定政権)は中立性と連邦制を宣言するのが望ましい」との冷静な判断を披瀝した。
ところで、ウクライナ情勢をめぐっては、プロパガンダ戦争の様相が濃い。ロシア非難の大合唱が支配的であるが、一方で、ビクトリア・ヌーランド米国務次官補(前国務省報道官)とジェフ・パイエト駐ウクライナ米大使との1月28日の電話会話が盗聴・録音され、ユーチューブに流された。彼らはウクライナ新政権の人事を事前に話し合っていた。EU外交部責任者キャサリン・アシトン女史とエストニア外相ウルマス・パエト氏との2月26日の電話内容もリークされた。パエト氏がその中で、「今、ますます強く分かっているのだが、キエフでの抗議デモ隊と警官に銃口を向けたスナイパー(狙撃手)を雇ったのは、ヤヌコビッチではなく、新政権の誰かである」と話している。
ポール・クレイグ・ロバーツ博士の名前を知る人もおられるだろう。レーガン共和党政権時代の「レーガノミクス」共同立案者で、紙幅の関係で紹介できないが、オバマ現政権の対ウクライナ、対ロシア政策やネオコンに厳しい批判の論調を展開している。その多くは納得できる内容のように思える。しかし、同博士の主張やコメントを取り上げる大手のメディアは少ないようだ。
最後に、ロシアが一番恐れているのはウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟である。90年のドイツ統一の際にジェームズ・ベイカー米国務長官はエドアルド・シェワルナゼ外相に、NATOの東方拡大をしないと約束した。しかし、99年のチェコ、ハンガリー、ポーランドを皮切りに旧ソ連と東欧の10カ国以上が相次いでNATOに加盟した。約束を履行してこなかったNATOに対するロシアの猜疑(さいぎ)心は根強い。NATO外相緊急理事会は4月1日、ロシアとの軍事面を含む実務的な協力を停止することを決定した。
ロシアは「冷戦時代の発想に逆戻りしている」(外務省報道官)と強く反発し、NATO本部から軍事代表を召還したが、報復措置はとっていない。相互の不信感のエスカレートは欧州の安全保障にとって決して好ましいことではない。
(なかざわ・たかゆき)











