警備手薄の太永浩元公使、文政権に守る意思なし

韓国・文政権 北へ過度な刺激なしと許可

 2016年夏に韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩氏がこのほど手記『三階書記室の暗号』の日本語訳本出版に合わせ初来日した。太氏の北朝鮮分析には定評があり、報道各社のインタビューや市民団体主催の講演会などを精力的にこなして金正恩政権批判を展開したが、来日実現には韓国・文在寅政権が太氏にもはや新情報は乏しく、北朝鮮を過度に刺激することはないと判断したことも関係がありそうだ。また手薄だった身辺警護からは太氏を積極的に守ろうという文政権の意思は感じられなかった。(編集委員・上田勇実)

警護も手薄、守る意思見えず

 「宋日昊大使は職業外交官ではなく、拉致問題に対応するため国家保衛省(旧国家安全保衛部)の局長から外務省に出向した。生存している日本人拉致被害者は同省が管理している」

太永浩・元駐英北朝鮮大使館公使

講演する太永浩・元駐英北朝鮮大使館公使=20日午後、東京都内、森啓造撮影

 先週、都内で行われた市民団体主催による講演会で太氏は北朝鮮の対日外交で前面に出てくる宋日昊・日朝国交正常化担当大使をこう説明した。会場では「保衛省出身」と言及した点が「新しい情報」として持ち上げられた。

 だが、宋氏をよく知る在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)の元大物幹部はこう反論する。

 「宋日昊とは長い付き合いだが、保衛省にいたという話を彼から聞いたことは一度もない」

 同省が日本人拉致被害者たちを管理しているという指摘にも専門家たちは首をかしげる。「権力を掌握する党組織指導部傘下の別部署が管理している」(日本政府関係筋)といわれるからだ。

 太氏が何を根拠に日本人拉致問題の関連情報について断定的に発言をしたかは分からないが、亡命から3年近くが過ぎ、太氏が持つ情報の“賞味期限”は過ぎているとの見方が強まっている。韓国の情報機関の聴取に始まり、これまでマスコミのインタビューや手記、自身のブログなどを通じ大量の情報を提供・発信してきたためだ。

 太氏はあるテレビ局の取材で金正恩政権のやり方を「自分は手に取るように分かる」と語ったが、これを聞いた北朝鮮問題担当の同僚記者は「ここまで豪語すると違和感を覚える」と漏らした。外務省の、しかも海外勤務が長かった太氏は金正恩氏一家を中心とする最高意思決定に精通できる立場にはいなかったはずだからだ。

 太氏が海外で金正恩批判を繰り返せば南北融和を維持したい文政権にとって面白くないはずだ。だが、北朝鮮を刺激するような新情報を持ち合わせているわけでもない。海外渡航を禁止すれば「人権侵害だと自分たちが批判されかねない」(韓国の北朝鮮問題専門家)。結局、海外渡航を許可した方が得策と文政権が判断した可能性は十分ある。

 文政権が太氏訪日をしぶしぶ許可したと思われる節は他にもある。身辺保護に不可欠な警護が手薄だったことだ。

 太氏は来日の直前、知人に韓国大手紙が来日日程を詳報したことを理由に「訪日自体を再検討中」という内容のショートメッセージを送ってきた。身辺安全が確保できるか心配した周囲に止められたという。最終的に「太氏自身が訪日強行を決断した」(関係者)ことで予定通り来日が実現した。

 韓国に定着した脱北者の身辺保護は「北朝鮮離脱住民保護および定着支援に関する法律」で海外渡航の際も「外相と法相の意見を反映」(同法第22条)させ、太氏のようにテロが予想される場合は警護要員が随行できるはずだ。しかし、今回、太氏は「政府から自己責任で身を守るという覚書を書かされ、出発の金浦空港で警護要員に見送られた」(関係者)という。民間団体の招請だったため韓国政府は日本政府に太氏の警護を要請しなかったもようで、日本滞在中、警護は日本の民間警備会社が行う場面もあった。

 「太氏の身に万が一のことがあれば韓国は日本に責任をなすりつけるつもり」(日韓関係筋)だったのか。亡命後初の出国となった先月のノルウェー出張時も韓国は警護要員を随行させず、自主警備を余儀なくされた。文政権に太氏を守る意思があるとは思えない。