漁業の近代化を進める韓国
東京財団政策研究所上席研究員 小松 正之
法制度とシステム改革
日本と距離置き独自路線に
2018年11月1日からの韓国訪問は約9年ぶりで、国立研究所・機関、養殖業者、漁業団体ならびに消費地・卸売市場および済州島自治政府などを相手先とし2週間にわたった。韓国の漁業・養殖業と関連産業の主たる部分を視察し、関係者と意見の交換をした。
また、19年1月に釜山・釜慶大学の金炳浩教授から韓国の漁業制度と漁業権について学び、日本の漁業権制度と比較してみた。
韓国と日本は日本海と東シナ海を挟み、多くの漁業資源を共有し、江戸時代以前から勇猛果敢な西日本の漁業者が出稼ぎ漁業を行った。
江戸時代の鎖国政策によって一時は衰退したが、密漁の形で継続した。江戸・明治時代の日本の漁業は漁業権制度の下で拘束があり、新天地を求めて西日本の漁業者は朝鮮半島南部を中心とした朝鮮海域に出漁して、その漁獲物を国内に持ち込み、国内市場へ水産物を供給した。特に通常3日を要した運搬を1日で日本に運んだ林兼商店(現在のマルハニチロ)や日本水産はこの海域での漁業によって収益を上げて、資本を蓄積し、北洋漁業や南極海の捕鯨業に進出した。
ところで、日本漁業の進出の後押しをしたのが1876年2月に調印された「日朝修好条約」である。1908年には旧明治漁業法(01年制定)を基に、韓国は漁業法を制定した。これは日本の若い法学者がたった1年で書き上げ、韓国の国情には合致せず強要とみられた。韓国の漁業法制度を日本の法制度と同内容とする動きは大日本帝国の韓国併合によって本格格化する。明治漁業法(10年制定)に倣い、11年に漁業令が定められ、29年に朝鮮漁業令と改正・改称された。日本の資本漁業の進出に都合がよい内容であった。
日本は、49年に民主化を目的とした漁業法に改正するが、朝鮮戦争での国内混乱で韓国の漁業法の改正・制定は53年を待ったが、その大部分は朝鮮漁業令を残したままであった。
日本の敗戦によって、多数の日本人漁業者が日本に引き揚げてきた。それらの漁業者が西日本を中心に以西底引き網漁業などの漁業を開始し、資本漁業が発達していなかった韓国に大きな脅威を与えた。サンフランシスコ講和条約が52年に締結されると、日本漁船の活動を封じ込めていたマッカーサー・ラインの撤廃が決定され、日本漁船の進出を恐れた韓国は、4月の撤廃に先立ち、自国の海洋資源保護のため51年1月李承晩ラインを設定した。これは65年日韓基本条約と日韓漁業条約の締結で撤廃された。
60年代に入り、韓国は、工業化と合わせて沿岸域の養殖漁業の振興を目指す。そのため漁業法の改正と水産業協同組合法の制定を63年に行った。零細漁民以外の規模の大きい個人漁業者の養殖業への参入の奨励であった。これは協同組合的な小規模平等ではなく、市民法の概念を有する明治漁業法を基にした朝鮮漁業令をそのまま生かした。その前年、日本は漁業協同組合を中心として地域主体の養殖業の振興に走り、漁業協同組合員であって養殖を営める特定区画漁業権を創設する。組合主義か個人主義かの分かれ道がここで明確化された。75年に韓国は漁場計画制度の導入とともに、さらに漁業法を改正し、漁業権制を法制度上明確にする。沿岸の小規模な養殖以外の中規模以上の養殖漁業は業種別組合を作り、日本と違い地区別漁業協同組合に属さない。そして90年代に入り日本を参考にすることから距離を置く。
82年、国連海洋法条約の成立と94年の発効以降、日韓の政策と制度の差は次第に明らかとなる。これが顕著に現れるのは、漁業法制度とシステムの改革に対する姿勢である。韓国政府は、明治漁業法に根幹を置く漁業法では変化する国際・国内への対応が困難であるとの姿勢を明らかにし、国連海洋法の趣旨と目的を国内の諸制度に反映させようとした。
日本を中心に留学生を送ってきた韓国は、日本から米国に留学先を転換した。そこで科学的根拠に基づく漁獲総量の規制を学ぶ。漁獲総量規制(TAC : Total Allowable Catch)やTACを漁業者に配分して過当競争と過剰投資を防止した個別漁獲割当制度(IQ : Individual Transferable Quota)である。
これら制度は世界的に漁業管理手法として成功を収めていたが、日本は長年の漁業慣行と異なるのでこれを拒んでいた。韓国政府が99年に日本に先駆けてサバ類他4魚種にIQを導入した。現在ではTACとIQ導入魚種は11魚種に及ぶ。日本はTACを97年にスタートさせた(当初6魚種、現在8魚種)が、TACとIQの双方が組み合う正式な制度としては全く導入していない。
最近では国連食糧農業機関(FAO)の支援の下に釜慶大学内に世界水産大学を設置する構想を進めている。そこで世界から留学生を集め教育し、韓国の学位とFAOの認証を卒業生に与える構想だ。2018年9月には韓国内で「漁業管理」に関する国際専門家シンポジウムを開催した。日本と韓国の近代性と改革への姿勢はどうしてかくも差がついたのであろうか。
(こまつ・まさゆき)