「白頭から漢拏」への統一企て
主導権を握る金正恩氏
親北融和一辺倒の文在寅氏
韓国で青春時代に徹底した反共=反北朝鮮教育を受けた者にとって、最近の文在寅政権の「親北融和政策」に戸惑っていると前回書いたが、今回もその続きである。
韓国の政権与党「共に民主党」の宋甲錫なる国会議員が、韓国では拉致被害者を示す「拉北者」の呼称を「失踪者」に書き換える改正法案を国会に発議し、物議を醸している。この宋なる国会議員は「『拉北者』の表現に北朝鮮が強い拒否感を示しており、南北関係での衝突を和らげるため」と説明しているが、これは北朝鮮への刺激を避けようとしている、文在寅政権の空気を代弁しているようにしか思えない。
たかが一介の国会議員の発言に神経をとがらす必要もないだろうと言われるかもしれないが、韓国には約10万人もの北朝鮮による拉致被害者がいるといわれている。日本人にとってもこの発議は看過できないものであるが、その後の韓国内での反応はいまひとつである。韓国の知人によると、韓国のマスコミは文在寅政権に阿(おもね)ており、この非常識極まりない発議に対する反響をあえて報じようとしないのではないか、ということだった。
この宋なる国会議員もさることながら、肝心の文在寅大統領も今年3回目となる南北首脳会談で9月18日に訪れた平壌で大歓迎され、夕食会が開かれた迎賓館「木蘭館」で、金正恩委員長の「板門店宣言の履行のため、民族繁栄の新しい歴史をつないでいこうという固い気持ちを抱き、平壌を訪問した大統領夫妻を熱烈に歓迎する」とのあいさつを受けた。
これに対し文在寅大統領は「科学と経済を発展させ、住民の暮らしを良くしようとする金委員長の指導力と成果を知ることができた」と金委員長を持ち上げた(夕食会で乾杯する二人の背後に、急遽(きゅうきょ)掲げられたのか、カーテンのようなものに描かれた朝鮮半島図で、竹島が誇張して描かれているのが目立ったが)。
19日には文在寅大統領の「平壌市民が訪れる食堂に行きたい」という要望で、「大同江水産食堂」に案内された。この食堂は新鮮な活魚と刺し身が出る店として有名で、北朝鮮のマスコミが大々的に宣伝している。
もし、文在寅大統領が「庶民がよく行く食堂」のほかに、「庶民がよく食べている食事」を要望したら、金正恩委員長は父の金正日総書記が「私はわが人民がいまだにカンネンイサル(トウモロコシ米)を食べていることを嘆かわしく思う」と言っていた、白い飯の代わりによく食べられている「カンネンイサル」を提供しただろうか。また、金正日時代の「苦難の行軍」時代の食糧危機の時に、庶民が本物の肉の代わりに生み出した「インジョコギ」(人造肉)をメニューとして食卓に出したであろうか。
「トウモロコシ米」も「人造肉」も庶民にとっては最大のごちそうである。庶民派といわれる文在寅大統領には、韓国ではいくらでも食することができる新鮮な活魚の刺し身よりも、韓国では食することができない、北朝鮮の庶民が好む二つのメニューをぜひ食してほしかったのだが。
20日には「山が好き」という文在寅大統領を、朝鮮民族が「聖山」と崇(あが)める白頭(ペクトゥ)山に金正恩委員長が案内した。この白頭山は言わずと知れた「革命聖山」と北朝鮮が喧伝(けんでん)している山であり、朝鮮労働党が編纂(へんさん)した「金日成同志の革命歴史」には、「金日成と夫人の金正淑が白頭山を拠点に抗日パルチザン闘争を展開し、祖国を解放した」と書かれている。金正日総書記も白頭山の麓で生まれた、とまことしやかに伝えている。
どれも信じるに足りないものであるが、問題は頂上にある天池のほとりで金正恩委員長が「天池の水が乾かないよう、新しい歴史を書いていかなければなりません」と語り掛けると、文在寅大統領が「このたび、私はちょっとだけ新しい歴史を書きました」と答えたということだ。さらに李雪主夫人が「わが国では昔から白頭から日の出を眺め、漢拏(ハルラ)(韓国の済州島にある山)で統一を迎えるという言葉がある」と言ったとのこと。
研究仲間にこのことをただすと「済州島の日出峰から見る日の出は、昔から素晴らしいと言い伝えられているが、白頭山での日の出とは聞いたことがない」と笑いながら答えた。「わが国では昔から」は「この20年来の北朝鮮の昔から」で、金正日総書記の作といわれる「統一虹」という歌に「白頭山頂 正日峰に統一虹……白頭から漢拏まで……」という歌詞があり、「白頭から漢拏まで」は最近になって言われだしたことである。
つまりは、「北朝鮮主導での南北統一ですよ」と、本音を言ったのであるが、これに対し、韓国側はあらかじめ用意してきた韓国の水を天池に注いだ。白頭山は金正恩委員長が昨年12月に訪れ「国家核武力完成の歴史的大業を立派に実現してきた激動の日々を感慨深く回想した」といわれており、今度は「北主導の朝鮮統一の実現」を確固たるものにしたようだ。
(みやつか・としお)