政権長期化、4代5代世襲も 柳氏
どう見る金正恩体制 日韓専門家対談(3)
権力の掌握(下)
冷徹な計算で路線ぶれず 坂井
金正恩委員長の統治スタイルは即興的、感情的な面が強いと言われる一方、合理的な判断を下しているとする見方もある。
坂井隆 即興的、感情的な面と合理的判断は必ずしも矛盾しない。どちらか一方というものではないと思う。正恩氏の動向を子細にウオッチしているであろう韓国などでそのように言われているので、即興的、感情的な面があることは否定しないが、それは権威作りのための半ば意図的な演出でもあると思う。
それよりも重要なことは長期的、基本的な路線・政策において正恩氏が執権以来の方向性はそれほどぶれていないし、冷徹な計算に基づいているとみられることだ。また、その方向性は、北朝鮮既存体制の存続のためという視点で見れば、それなりに合理的なものであると考える。また、これは印象論であるが、金正恩の性格は、「即興的」というよりは、むしろ「粘着的」と表現した方が現実により近いと感じている。自分の指示が貫徹されているか否か徹底して見極めようとするからだ。
「合理的」とみる理由は、例えば彼の執権以来の施策が「首領制」という体制をいかにデザインするかという点において、金日成時代の正統的な在り方を維持・復元しつつ、かつ、金日成・金正日の「遺訓」が自身の今後の政策運営の制約となったり、両人の「偉大性」によって彼の権威が損なわれたりすることのないように、非常に巧妙かつ大胆な措置を一貫して続けていることである。そのような努力の一つの結実が今年5月の第7回党大会だ。
柳東烈 金正恩氏が北を統治する統治術は決して侮れないというのはよく分かる。
正恩氏一人の判断で統治されているのか、それとも何人か側近による入れ知恵があるのか。
坂井 それはブラックボックスでよく分からないが、一回承諾したものを自分勝手に駄目だと言いだしたら滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になってしまうわけで、これまで続けられている政策は少なくとも正恩氏の支持・容認があったとみていい。仮に正恩氏が側近の助言を受け入れている、ブレーンを使っているとすれば、それも彼の力量。チームとして考えればそれで足りる。
柳 そうした狡猾な金正恩政権が今後も維持されるか否かという問題が極めて関心を集めるだろうが、正恩氏はこの5年間で党・軍・政府の動きを全て把握できつつあり、政権運営の技法に精通するようになったと思われる。長期政権も可能になるという話だ。
一方、仮に近いうちに政権が倒れるとすれば、それは正恩氏自身の健康問題か側近による暗殺かのいずれかによるもので、逆にこれらが起こらなければ長期政権になると思う。少し悲観的な見通しだが、正恩氏に続く4代目、5代目の政権が登場するかもしれない。
坂井 私は、今は基本的に公開情報しか見ていないが、その限りでは体制がすぐ崩壊に向かうような根拠は見当たらない。従前の「崩壊可能性大」論は結果的にはすべて誤り。今それを言う新たな要素は「恐怖政治」「国連制裁」くらいだが、体制動揺を起こすほどのものか疑問。最近の韓国における「体制動揺の兆候」論は希望的観測の側面が大きいという印象だ。
在英北朝鮮公使のテ・ヨンホ氏が韓国に亡命した。このほかにも北外交官亡命の報道が相次いでいる。体制動揺の一つの証拠だとする見方もあるが。
坂井 一般論として政権要人の亡命は過去に黄長●(=火へんに華)氏やエジプト大使の例もあり、たまたま何人かが続いたからと言って直ちに従前とは異なる程度の体制動揺の証左とまで断言できるかは疑問。むしろ注目すべきは、そのような状況ないし報道に対し北朝鮮指導部(金正恩氏)がいかに対応するかではないか。
疑心暗鬼になって、在外要員などに対して必要以上に過酷な査察や規制などを実施すれば、それが呼び水となって結果としてさらなる脱北者を生むことも考えられる。そのような循環に陥ってしまえば抜け出すのは容易でなく、体制動揺につながる可能性は否定できない。
柳 北朝鮮当局の高位層管理に問題があるのは明らかで、金正恩氏は激怒しただろう。しかし、何人か亡命したからと言って体制動揺に言及するのは同意できない。韓国に来た脱北者の数も1960年代以降、2万9000人を超えたが、北朝鮮総人口のわずか0・1%を少し上回る程度で、体制維持にほとんど影響は出ないだろう。






