朝鮮半島上空を飛び交う紙爆弾

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

飛来恐れる北朝鮮指導部
銃で撃ち落とし韓国側を恫喝

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

 今、話題となっている「韓国から北朝鮮へのビラ」の歴史は、朝鮮戦争当時、国連軍が北朝鮮や韓国内にばらまいたことに始まる。東西冷戦対立の代理戦争である朝鮮戦争ということもあって、金日成を批判するよりも、共産主義や中国軍の悪逆非道な実態などを描き、「国連軍がいかに人道的であるか」という内容のビラが多かった。中国軍に投降を勧めるビラもあった。

韓国人は関心を示さず

 朝鮮戦争の休戦後、韓国と北朝鮮は互いの体制の優位性を知らしめるために宣伝合戦をするが、経済的にやや有利であった北朝鮮は盛んに「地上の楽園」「人民の偉大な指導者金日成」「北朝鮮への投降・脱南の勧め」などのビラを韓国側に飛ばした。1970年代に入り、韓国経済の目覚ましい発展により、韓国人は北朝鮮の宣伝には関心を示さなくなった。また、韓国には「反共法」などがあり、北朝鮮からのビラ類や北朝鮮発行の本、社会主義・共産主義賛美の印刷物を所持している人を厳しく取り締まった。

 こうなると北朝鮮は「地上の楽園」方式のビラを散布しても意味がないことが分かり、歴代の韓国大統領を攻撃するビラに変えた。80年の光州事件には北朝鮮が大きく関わっていたが、この時に鎮圧・弾圧した全斗煥、盧泰愚の両元大統領に制裁を加えている風刺画のビラを制作し、韓国側に飛ばした。同じく、金大中、金泳三の両元大統領も不正蓄財などのビラがまかれた。李明博元大統領の時にもビラは飛ばされたが、先にも指摘したように、韓国人は北朝鮮のビラに関心はなく、大統領の不正蓄財などは国内の情報で十分に収集しており、ビラから得るものはなかった。

 ところが、朴槿恵前大統領になってから、北朝鮮からのビラの飛来数が劇的に増えた。それは朴政権が、北朝鮮にとっては軍事的な脅威である「サードミサイルの配備」を決めたからだ。北朝鮮はビラで非難活動を展開、朴前大統領の卑猥(ひわい)な絵、殺そうとしている絵、サード配備に協力的だったオバマ元米大統領・安倍晋三前首相の似顔絵が入ったビラなどかなりの数に上った。

 しかし、北朝鮮から飛んで来るビラは韓国の体制に影響を与えるものではない。反共を国是としている韓国では、「不穏物収納箱」という郵便ポスト大の箱が各警察署の前などに備えられており、飛んで来たビラ類はそこに投函することになっていた。私はこの「不穏物収納箱」を一昨年、ソウルの競売場で入手した。

 文在寅政権になってからビラ類は飛んで来ていないと思っていたが、実際には就任当初から、何種類もの文大統領を非難するビラが飛んで来ていた。トランプ前米大統領を非難するビラも幾種類かあった。バイデン米大統領を非難するビラはまだないようだが。

 では、韓国からどのようなビラが北朝鮮に飛ばされたのか。以前、韓国人の団体が金正日総書記のプライバシーと艶聞に関するビラを飛ばしたことがある。脱北者が韓国に大量に入国して来てから、ビラの内容は過激になった。北朝鮮の金正恩政権にとっては、実際の爆弾よりも風船ビラに書いてある内容を一般の人民に知られることが一番恐れることである。そのため、飛んで来るビラの入っている風船を機関銃で撃ち落としたり、風船ビラを飛ばさないように再三にわたり韓国側に要請・恫喝(どうかつ)したりしてきた。

 しかし、4月30日に脱北者団体が飛ばした風船ビラの写真の中に金正恩委員長を背後から銃撃しているものがあった。これは北朝鮮にとって「最高尊厳」を射殺するということで容認できないはずだ。北朝鮮が今用意している対韓国用のビラは「文在寅大統領の顔にタバコの吸い殻をばらまいているもの」だ。互いに、相手を殺害するビラはあっても、顔写真入りの殺害描写はあまりと言うか、まずないのではないか。

拾っても人には言えず

 結論として果たしてどれだけのビラが朝鮮半島の上空を飛び交ったかだが、韓国よりも北朝鮮の方がビラの飛来に恐れおののいていることだけは間違いない。

 「たかがビラ。されどビラ」で北朝鮮の人民は「マスコミよりも口コミ」の国だ。ただ、ビラを拾って見ても「モノ言えば唇寒し」の国でもある。北朝鮮の地方の人がビラと一緒にドル紙幣などを拾って、そのことを他人に話してしまうと、大変な事態になる。

(みやつか・としお)