対北人事、安保に弊害 韓国・文政権

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 韓国の文在寅大統領が今月3日、対北政策の責任者を筋金入りの親北朝鮮派で固める人事(一部は国会聴聞会待ち)を発表し、物議を醸している。人事は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹、与正氏が先月、韓国に脅しまがいの談話を発表したことを受けての措置とみられるが、外交安保をめぐる米国との溝はますます深まりそうだ。(ソウル・上田勇実)

北メディア歓迎「米と戦え」
裏金、スパイ関与の過去

2015年、新政治民主連合(現、共に民主党)の代表選挙に出馬した朴智元(左端)、李仁栄(中央)、文在寅の3氏=韓国紙セゲイルボ提供

2015年、新政治民主連合(現、共に民主党)の代表選挙に出馬した朴智元(左端)、李仁栄(中央)、文在寅の3氏=韓国紙セゲイルボ提供

 今回の人事でまず驚かされるのは情報機関である国家情報院(国情院)の院長に内定した朴智元・前議員だ。

 2000年、同じ南西部の全羅道出身で朴氏が最側近として支えていた金大中大統領が北朝鮮の金正日総書記と初の南北首脳会談を行ったが、その実現に向け特使として訪朝し、財閥・現代グループを通じ北朝鮮に約4億5000万㌦を違法送金させた裏金工作の中心人物が朴氏だ。後に実刑判決を受けた。

 韓国で対北政策の主導権を握る国情院トップに朴氏のような北朝鮮に裏金を渡した人物が就任すれば、今度はいつ機密が北朝鮮に筒抜けになってもおかしくないと危惧するのは当然だ。国情院OBなどで作る韓国国家情報学会のある幹部はこう語る。

 「朴氏の起用は韓国の安保にとって最大の脅威となり続けている北朝鮮の情報を収集、分析、告知して安保と国益を守るという国情院の機能を無力化させるに等しいもの。そうなれば国情院は北朝鮮と仲良くしたい文氏御用達の機関に成り下がってしまう」

 北朝鮮との交流・協力を主な業務とする統一省のトップには与党ナンバー2の李仁栄・前共に民主党院内代表が内定したが、李氏もまた北朝鮮との関係が深い。

 李氏は1980年代の民主化学生運動が、北朝鮮にシンパシーを覚えるいわゆる主体思想派によって牛耳られた際、その活動母体となった全国大学生代表者協議会(全大協)の初代議長だった。

 韓国公安筋によれば、李氏は95年、北朝鮮が韓国に密(ひそ)かに派遣した工作員に接触した容疑で逮捕・起訴された。スパイ接触容疑では証拠不十分で無罪となったが、利敵図書所持などの容疑で執行猶予2年の判決を受けた。

 ちなみにこの事件で李氏とは別途に、工作員が乱数表や無線機を手渡す目的で接触を試みたのが全大協初代副議長の金太年氏、現在の与党院内代表といわれる。

 人事では青瓦台(大統領府)外交安保特別補佐官の一人に文氏の前大統領秘書室長だった任鍾晳氏が任命されたが、任氏も全大協で第3期議長を務めた経歴の持ち主だ。

 北朝鮮の対韓国宣伝メディア「ウリ(われわれ)民族同士」は先日、「今回の人事で李仁栄、任鍾晳の二人に懸ける期待は大きい」と記した韓国ネット新聞の記事を紹介し、文氏の人事を歓迎している。「期待」とは「ウリ民族同士の哲学と米国と戦う勇気」(同紙)に対してだ。

 すでに3度の米朝首脳会談を経てなお制裁緩和を引き出せない北朝鮮にとって米朝の仲裁役を買って出た文氏に対する失望は大きいとみられ、文氏がどこまで“汚名返上”できるかは不透明。それでもまるで北朝鮮の歓心を買うように公然と「親北布陣」を敷く文氏は、いよいよ「南北対話に対する禁断症状が深まっている」(元韓国政府高官)と言うほかない。

 米国としては北朝鮮と内通する恐れのある文政権との間で信頼関係を築くのはもはや困難だ。仮に文政権が国連制裁決議など国際社会の対北制裁網をかいくぐって違法に北朝鮮を経済支援した場合、両者の亀裂は決定的になる。