八方塞がりの金正恩政権

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

滞る対米交渉・対中交流
警戒すべき「核戦力強化」路線

宮塚コリア研究所代表-宮塚利雄

宮塚コリア研究所代表-宮塚利雄

 例年ならば4月から5月にかけての北朝鮮の話題といえば、4月15日の太陽節(故・金日成主席の誕生日)の行事と、全国民を挙げての「モネギチョントゥ(田植え戦闘)」である。しかし、今年は中国・武漢発の新型コロナウイルスの感染拡大が、北朝鮮にも大きな影響を及ぼした。

 年初から中国の周辺地域とヨーロッパ、特にイタリア辺りでの新型コロナウイルス感染者が発生・拡大していた時に、一人北朝鮮だけは「わが国は感染者ゼロです」と世界保健機関(WHО)に報告し、中国の習近平政権に媚(こ)びを売った。

 これに対して海外の新聞は、「北朝鮮に感染者がいないはずはない」「感染者ゼロの可能性はゼロ」などと、しゃれにもならない論調で、北朝鮮におけるコロナ感染状況に貴重な紙面を割いていた。

韓国政府が冷静な対応

 そのような中で、今度は「偉大な指導者・最高尊厳」である金正恩朝鮮労働党委員長が2度にわたって“雲隠れ”を図ったから、国際世論は金委員長がコロナの感染から身を守るために、東海岸地域に避難を図ったのではないかと噂(うわさ)した。

 さらには「疑惑のデパート」ならぬ「万病のデパート」と健康不安説が囁(ささや)かれていた金正恩委員長が「手術を受けた後に重体に陥った」と米CNNテレビ(電子版)が4月21日に報じた。このことから、世界に「金正恩重体」さらには「金正恩死亡」と、金委員長を亡き者にする論調が駆け巡り、日本のマスコミにも登場することになった。

 当の金正恩委員長は5月1日に北朝鮮・中部の順川燐酸肥料工場の完工式に出席し、北朝鮮のメディアは金委員長が幹部と談笑するなどの映像を大きく報じ、健在ぶりを誇示した。

 ところが日本の某マスコミには「金正恩の映像は合成写真ではないのか、歩き方や顔の表情がおかしい」として、あくまでも「金正恩死亡」を貫く記事が出ていた。

 米国のトランプ政権は北朝鮮の朝鮮中央テレビが放送した金正恩委員長の映像を精査するなどして、引き続き金委員長をめぐる状況に関し情報収集と分析を進めるという方針であり、これとは対照的で、あまりにも短絡的である。

 金正恩委員長の「重体」「死亡」説に関して、韓国政府(韓国のマスコミではない)が意外にも冷静な立場を取っていたが気になった。韓国の文在寅大統領のブレーンである文正仁統一外交安保特別補佐官は金委員長の動静について「わが政府の立場ははっきりしている。金委員長は生きていて元気だ」と言明。

 金錬鉄統一相も国会で「特異な動向はないと自信をもって話せるほどの情報力を持っている」と発言をし、さらに韓国大統領の外交安保首席秘書官を務めた千英宇氏も「正恩氏が重病で手術を受けても、どこの情報機関も知り得ない」と強調している。

 日本のマスコミ各社は、これからは北朝鮮の金正恩委員長の動静とコロナ感染状況については、韓国政府の発表に任せたらどうだろうか(韓国のマスコミ各社ではない)。

 今、日本が注目すべきは北朝鮮からのコロナ感染者の密航阻止と、北朝鮮の軍事政策をめぐる最高意思決定機関である朝鮮労働党中央軍事委員会の拡大会議で、「核戦争抑止力の強化」を打ち出したことによる北朝鮮からの軍事的脅威に備えることである。

コロナ感染者の漂着も

 6月から9月中旬あたりまでの日本海は比較的穏やかで、屋根なしの北朝鮮の小型木造漁船でも1週間くらいは洋上での寒さにも耐えられると、日本海の海上パイロットの方から話を聞いたことがある。北朝鮮が意図的に自国のコロナウイルス感染者を日本に漂着させ、日本での感染拡大を図ることも想定すべきである。

 北朝鮮はトランプ米大統領との非核化交渉が行き詰まっており、何としてでも交渉再開にこぎつけたいところであるが、トランプ米大統領も自国内でのコロナウイルス感染者が激増しており、北朝鮮との非核化交渉どころではない。頼みとする中国とは国境閉鎖で十分な物流が行えず、市民生活への影響も増してきている。

(みやつか・としお)