窮地に追い込まれた金正恩政権
宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄
軍事攻撃辞さぬと米
新型肺炎で中朝貿易が停止
中国で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大は中国のみならず、世界中に広がっており、その終焉(しゅうえん)の兆しは全く見えていないどころか、むしろ拡大の兆候を見せている。このような事態の下で中国共産党指導部が「春節」に異例の会議を開催、対応を協議したとの報道があり話題となったが、異例と言えば北朝鮮でも毎年恒例となっている「新年の辞」が発表されなかった。北朝鮮の「新年の辞」は北朝鮮ウオッチャーにとっては、北朝鮮の動向を分析する最も重要な資料(指針)であったが、今年はなかった。
もちろん、北朝鮮の金王朝にとっては「新年の辞」は自らの治世を誇るべきものであり、金正日以外は金日成も金正恩も北朝鮮人民に肉声でこのことを訴えてきた。それが今年はなかったので、一番喜んでいるのは、ほかならぬ北朝鮮の人民である。毎年、1月1日に正月気分に浸っている間もなく発表される「新年の辞」を、一言一句の間違いもなく覚えていなければならず、正月後に職場や学校などで行われる憂鬱(ゆううつ)な「生活総和」での討論会から今年は解放されたのではないだろうか。
「弱者の恫喝」効果なし
もっとも北朝鮮は「新年の辞」に代わるべきものを発表していた。それは旧臘(きゅうろう)28日から31日まで朝鮮労働党中央委員会第7期第5回会議を開催しており、この総会で「新年の辞」に代わる内容が発表されていた。金正恩は2019年の年内までの期限付きの米朝首脳会談の実現を吹聴していたが、それがトランプ(米大統領)からの何らの返事もないと見るや、「われわれは破廉恥な米国が朝米対話を不純な目的実現に悪用することを決して認めず、これまで人民が受けた苦痛や抑制された発展の対価を受け取るための衝撃的な実際行動に移る」と警告し、自らの主張を正当化した。
しかし、このような金正恩の「弱者の恫喝(どうかつ)」にトランプは1月3日、イランの革命防衛隊の特殊部隊「コッズ部隊」司令官のガゼム・ソレイマニが、イラクの首都バグダッドの国際空港で米軍のヘリコプター攻撃を受け殺害されるという、ニュースを伝えた。
このニュースに接した金正恩は畏怖の念を抱いたはずだ。8日の誕生日の前には工場の現地指導を行って平静を装ったが、内心は穏やかではなかったはずだ。既に韓国の朝鮮日報が、米韓両軍の特殊部隊が昨年11月に、北朝鮮の指導部の排除を目的とする「斬首作戦」を想定したとみられる訓練を行ったと報じていた。
また、アメリカ国防長官のエスパーは、テレビ番組で北朝鮮が核実験や大陸間弾道ミサイルの発射凍結を撤回する可能性に言及したことに関し「最善の方途は、朝鮮半島を非核化させる政治的な合意である。金正恩朝鮮労働党委員長および指導部に交渉の席に戻るように促したい」と北朝鮮側に自制を求める一方で、「軍事的な観点に立てば、必要ならば今晩にでも戦う準備ができている。米国の即応体制は北朝鮮の悪行を阻止できる。仮に阻止できなかったとしても戦って勝つ自信がある」と語った。こちらは「強者の恫喝」である。
外貨獲得の手段を失う
金正恩政権にさらなる脅威が襲った。北朝鮮は新型コロナウイルスによる肺炎の国内流入を防ぐために、中国からの外国人観光客受け入れを停止せざるを得ない事態になった。国連安保理制裁の対象外である観光事業は北朝鮮の貴重な外貨獲得源である。金正恩は国連制裁の対象外である観光による外国人の訪朝を外貨獲得につなげるため、リゾート開発に傾注してきたが、観光事業への打撃は避けられなくなった。北朝鮮の「生殺与奪」を握る、経済の生命線とも言える中朝貿易まで実質的に停止した状態になった。
金正恩は内外の危機状況に瀕しているが、起死回生策として1月25日の旧正月を祝う記念講演を観覧した際、父・故金正日の実妹・金慶姫を約6年ぶりに登場させた。夫人の李雪主と妹の金与正の間に座る金慶姫を登場させることよって「内部結束を図る」ことが狙いとの見方や、「金正恩政権の独り立ち」の始まりとの説もあるが、窮地に立たされていることは間違いない。(敬称略)
(みやつか・としお)