ゴーリスト・マクロンの欧州軍
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
米頼みからの脱却目指す
有事には米が支援との計算も
第1次世界大戦終戦100周年記念式典に参列するためにパリを訪れたトランプ米大統領は、着陸直後、怒りのツイートを発した。「フランスのマクロン大統領はアメリカ、中国、ロシアから身を守るために欧州独自の軍隊を創設すると提案した。何という侮辱。欧州はアメリカが補填(ほてん)している北大西洋条約機構(NATO)の予算の公正な分担を払うべきだ」
事の始めはトランプ大統領が1987年に締結された中距離核戦力全廃条約からの離脱を発表したことだった。アメリカはロシアが条約を既に破り、新型中距離核兵器を開発していることを条約離脱の理由に挙げているが、欧州各国にとってみれば、欧州を舞台とした米露軍事衝突の貴重な抑止策を失うことになる。
ラジオのインタビュー番組でマクロン大統領は、「中国やロシア、そしてアメリカからも自分を守らなければならない。欧州はアメリカに頼ることなく主権を持って自分で自分を守らなければならない」と述べ、本当の欧州軍が必要と語った。もちろんマクロン大統領はアメリカが欧州を軍事的手段で攻撃すると言ったわけではない。アメリカが欧州同盟国の利害を考慮することがないかのような姿勢を示すのに対し、欧州はアメリカにおんぶに抱っこの状況ではいけないと指摘したわけである。この決意自体は間違いではない。しかし欧州だけで欧州の利益を守れる欧州軍というのは夢物語だろう。
既に2000年には欧州連合(EU)独自の安全保障政策を持ち、軍事行動も取れることを目指し共同安全保障防衛政策を策定した。前年NATOはコソボ紛争に介入したが、空爆の9割余りは米軍が行い、アメリカが爆撃基準から標的までを決めるという現実に、英国やフランスといった欧州各国は欧州が軍事力を高める必要性を痛感したのがきっかけであった。1999年末にはブレア英首相とシラク仏大統領が5万から6万人に及ぶ欧州軍の創設目標を発表した。10年たち、2009年には常設軍事協力の枠組みが規定された。
欧州内各国の軍事協力も進んでいる。10年には欧州内の核兵器保有国である英国とフランスは空母の共有、核兵器の安全性や効率的運用に関する協力協定を結んだ。ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの空軍は頻繁に共同訓練を行っている。ベルギーとオランダ海軍は一部艦隊を共有し、ドイツ軍はオランダ軍と一部統合を図っている。フランスとドイツは共同旅団を運営している。
こういった努力は価値があるし、欧州外務・安全保障政策上級代表ポストも設置された。しかし欧州には欧州の集団防衛を保証する力、例えばロシアに対抗するだけの装備も軍事力もない。十分な核抑止力もない。英国とフランスの核戦力はアメリカの核なしでは十分な抑止力とはならない。コソボのような軍事危機に介入する十分な力もない。11年リビア内戦時、アメリカは当初の介入以外は欧州各国に作戦を引き渡したが、空中給油タンカー、電波妨害機、空中監視などのインテリジェンスは引き続きアメリカが提供し、欧州国には十分な高性能爆撃機もなかった。
戦闘が起きる都度、参戦する欧州各国が軍事力を持ち寄るのでは不十分であるのは明らかで、有効な欧州軍を実現するには欧州各国が軍を統合し、装備や専門性の無駄を省き、統合された軍の運用を決定する欧州政府が必要だが、それは存在しない。完全に統合してしまえば、一部の国が望む戦闘に他国が賛同しない場合、欧州軍の運用は不可能に近い。
何故マクロン大統領は欧州軍を強調するのだろう。ドゴール大統領はフランスが早々に降参した第2次世界大戦の精神的打撃から立ち直り国民の自信を取り戻すため、フランスの独立性を強調し、あえて大国アメリカに立ち向かう姿勢を取った。1966年にNATOの軍事組織から脱退したのも米軍の指揮下で戦う体制でなく、フランス軍人がフランス軍の制服を着て母国フランスのために戦うというイメージを重視したからであった。万が一フランスをソ連が侵攻すれば、それは西欧全体の戦争となり、当然アメリカがフランスも防衛するとの計算もあった。
ドゴール政権時、フランスはアメリカに頼らない、フランスが中核となる欧州の安全保障体制確立、そしてその一部としてフランスの核兵器は360度に標的を定める戦略を検討した。マクロン大統領の中国、ロシア、そしてアメリカからも身を守る、という発言、そして欧州軍への熱い思いはまさにゴーリスト的発想である。フランスをはじめとした欧州が責任ある軍事力を持つ必要性を説いただけではなく、アメリカに頼り切り、言いなりになるのでなく、誇りと自信を持ち、アメリカの同意がなくとも独自に軍事行動を取れる覚悟を持つことを目指しているのだろう。
欧州が欧州内や近隣の平和を維持するのであれば、当然欧州軍の不足部分をアメリカは支援し、万が一欧州自体がロシアの攻撃の対象にでもなれば、欧州在住の米企業や個人を守るためにもアメリカが防衛に来ると計算しても不思議でない。トランプ大統領のようにNATOや同盟国を蔑(さげす)む発言をするアメリカ大統領に立ち向かう姿の後ろにはドゴールが立っているかのようだ。
(かせ・みき)