台湾統一地方選 大敗の背景

平成国際大学教授 浅野和生

「韓国瑜現象」と民進党の慢心

 11月24日(土曜日)に投票が行われた台湾の統一地方選挙における最大の勝者は、高雄市長に選出された国民党の韓国瑜であった。

浅野 和生

 9月上旬までの世論調査では、高雄市長選挙で民進党の陳其邁候補の支持率57%に対して国民党の韓国瑜候補は43%で、誰もが民進党の勝利を疑わなかった。台湾全土でも、民進党は、前回並みから若干の減少が予想されたものの、22の県市の首長の席数に大きな変動が起きるという前兆はなかった。

 そもそも高雄市は、謝長廷、陳菊という民進党の有力政治家が市長を務めた民進党の揺るぎない地盤であった。一方、韓国瑜はもともと高雄と縁がない落下傘候補である。しかし、自分は「八百屋(売菜郎)CEO」だと言って、高雄の野菜を東南アジアや中国に販売するといい、「古くて貧しい高雄(高雄又老又窮)」を変えられると訴えた。さらには、自らの禿(は)げ頭を武器にした自虐ネタで庶民、若者の支持を集めた韓国瑜の人気は、ネット世論を通じて急速に盛り上がった。伝統的な国民党政治家とは懸け離れたイメージが奏功して、10月下旬までには世論調査の支持率で陳其邁候補を逆転、11月初めにその差は10%に広がった。

 2016年5月にスタートした民進党蔡英文政権は、立法府でも過半数を制していたので、国民に痛みが伴う政策でも、必要とあれば実現させた。公務員年金制度を改革し、労働基準法改革を進めたが、この結果公務員の受け取れる年金等は減額され、収入減となる一般労働者が少なくなかった。さらに蔡英文政権が「一つの中国」原則を受け容(い)れないため、中国は台湾への団体旅行客を激減させ、台湾農家の産品を買い入れなくなった。旅行業界や農家の中に、不満を持つ人が増えても不思議ではない。しかも、台湾の新聞・テレビの多くは大陸系資本に握られ、いわゆる「独立」志向の民進党政権に批判的世論を増幅させた。

 実は、経済成長率はその前の国民党・馬英九政権の後半より高く、失業率は低く、株価は上昇しているのだが、その実感は台湾庶民に広く行き渡ってはいなかった。

 これらの相乗作用で、蔡英文政権に対する庶民の不満が膨らんでいった。

 しかし、今回の統一地方選挙に向けて、秋口までの民進党には、もはや国民党は敵ではないというムードがあった。2014年の統一地方選挙と、2016年の総統選挙、立法院総選挙で圧勝した民進党に対して、国民党の凋落(ちょうらく)はあまりに顕著だった。さらに、民進党政権は、国民党が戦後の混乱期に取得した不当な党資産を国庫に返納させる法律を成立させ、執行した。これらの党資産は、長期にわたって国民党が政治・社会の各方面で優位に立つ基盤となり、選挙の際の集票にも力を発揮してきた。その国民党の党資産を掘り崩したのだから、民進党は、蔡英文政権の支持率が低迷していても、今回の選挙では勝てると踏んでいた。

 そこへ韓国瑜現象、いわゆる「韓流ブーム」が沸き上がった。2014年以来の国民党の沈滞ムードは吹き飛んで、韓国瑜は一躍、国民党の救世主となり、各地の候補者の選挙応援に飛び回るようになった。新たなスターの誕生である。

 一方に現政権、民進党への不満があり、他方で庶民の国民党への見方が変わってきた。潮目は変わったのである。

 焦点となった高雄市の状況に民進党幹部が危機感を抱いたのは10月も中旬になってからだった。総統府秘書長で元高雄市長の陳菊が何度も現地入りするなど、てこ入れに躍起となった結果、全国投票率65・5%に対して高雄市では73・5%という高い投票率を記録した。しかし、一度動きだした潮流を逆転させることはできず、15万票差で国民党・韓国瑜が圧勝した。

 そして「韓流ブーム」は、高雄市に止(とど)まらず、台湾全土へ波及した。

 発足時の期待感が高かった分だけ、その後の蔡英文政権に対して庶民の不満がくすぶる結果となり、今回の選挙でのアンチ民進党の投票行動となった。それを増幅して、台湾22の県市のうち民進党の首長が13から6へと激減、国民党は6から15へと激増する結果をもたらしたのが「韓流ブーム」だったのである。