大陸国家・中国の海洋進出に矛盾 澁谷司氏

中国の野心と米国

拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司氏に聞く

 中国を軸としたユーラシア経済圏構築を目指した「一帯一路」構想などダイナミックな戦略の下、中国は2049年の建国100周年をゴールとした「100年マラソン」を走っている。果たして「中国の野心」の実現性はあるのか、拓殖大学海外事情研究所教授の澁谷司氏に聞いた。
(聞き手=池永達夫)

軍拡路線のネックは経済
ソ連と同じ国家解体の運命も

中国が国を挙げて取り組んでいる「一帯一路」構想の戦略的目的は何か。

澁谷司氏

 しぶや・つかさ 1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国科卒。東京外国語大学大学院地域研究研究科修了。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。東京外国語大学や国際教養大学などでも教鞭を執る。著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』、『人が死滅する中国汚染大陸』『2017年から始まる!砂上の「中華帝国」大崩壊』。

 習近平政権が掲げる「一帯一路」構想の建前は、西欧に至るユーラシア大陸の国々との経済関係を深め、ウインウイン関係構築にある。

 しかし、目下のところ、中国は鉄鋼やセメント、ガラスといった国有企業の過剰設備による製品の搬出先として利用することしか考えていない。一日も早い景気浮揚を狙っているのだと思われる。

 他方、「一帯一路」構想の真の目的は、中国の軍人が暴露したように、(東シナ海を含め)南シナ海を制覇し、インド洋・西太平洋の覇権を握ることだろう。

 同時に、中国はアフリカでやってきた「新植民地主義」を東南アジア・南アジア・中央アジア・中東で推し進めている。

 ご存じのように、習政権はそれらの国々に借款を与え、返済できなくなると、長期租借権を獲得した上で軍事基地化するという手法を取っている。これが「一帯一路」の実態だ。

 最終的には米国の覇権を切り崩す手段として「一帯一路」という布石を打っているものと考えられる。ユーラシア大陸を中華経済圏に組み上げ、経済的にも政治的にも強力なバックグラウンドを構築した上で、米国の覇権に挑戦していくというものだ。

「海上権力史論」を書いたアルフレッド・マハンの「いかなる国家も大陸国家と海洋国家を兼ねる事はできない」という地政学的テーゼは、現代にも通じるものなのか。

 マハンの地政学的テーゼは、いまだに生きていると考えられる。というのも、最終的にA国はB国に対し、ある場所(陸・海・空)での戦闘に勝利する必要があるからだ。

 大気圏外となる宇宙空間での戦争やAI(人工知能)ロボット戦は、もう少し先の話だ。また、サイバー戦争は一定の効果は得られるが、決定的勝利にはならない。A国がB国に勝利するには、どうしても、陸戦・海戦・空中戦での勝利が求められる。

 現在、「大陸国家」の中国が空母建設に励んでいる。けれども、それには大きな財政負担が伴う。果たして、その程度で、中国海軍が米国や日本を凌駕(りょうが)できるかというと、答えはノーだ。

 圧倒的な海軍力を誇る米国はもとより、わが国の海上自衛隊にすら、中国海軍は勝てないと思う。海自は、護衛艦という名の軽空母を複数保有しており、艦上に垂直離着陸機のF35Bを並べれば、立派な空母となる。

中国は大陸国家、海洋国家だけでなく、宇宙大国、AI・IT(情報技術)大国をも目指しているが、ネックは経済的基盤にあるということか。

 その通りだ。中国のネックは経済にある。

 習近平政権は、海軍の大軍拡をしようと思っているが、今の経済状況ではかなり難しいと思う。このまま、中国が無理を重ねて軍拡を継続すれば、自滅していく公算が大きい。

 第2次世界大戦後、米国はソ連を異質な国と見なした。ソ連は大陸国家でありながら、海洋国家の米国に対抗するため、海洋へ進出。米国は「対ソ戦略防衛(スターウォーズ)構想」を打ち出し、結局、ソ連は国家解体を迫られることになる。

 21世紀に入り、米国は中国を異質な国家と見なした。中国も大陸国家でありながら、海洋進出を目指している。従ってソ連邦と同じ運命をたどる公算が大きい。トランプ大統領が「対中貿易戦争」を仕掛けたのは、その端緒となる可能性が高い。

米中貿易戦争における中国最大のカードは、1兆2000億㌦に及ぶ米国債の売却だが、これは米国を動かすバーゲニングパワーになるのだろうか。

 確かに、中国の対米カードとして米国債売却という“奇襲”も考えられないわけではない。

 しかし、まず第1に中国自身に副作用を及ぼす懸念がある。米国債を売ると、その結果、元の為替レート引き上げにつながる。そこで、中国の輸出はさら伸び悩む結果になるからだ。こうしたブーメラン現象を避けることは難しい。

 第2に、たかが約130兆円程度の額でしかない。日本とEU(欧州連合)がスクラムを組んで、中国保有の米国債を全部購入してしまえば良いだけの話だ。

 第3に、実は中国が本当に1兆2000億㌦の米国債を保有しているかどうか疑問だ。一部を国有企業救済など、別の用途のために使用している説もあるし、党幹部が海外へ持ち出している懸念も存在する。

 以上の理由から、中国が保有する米国債売却は、ほとんど米国を動かすバーゲニングパワーにはならない。

 現在、中国の投資・消費という基本的経済パフォーマンスが悪すぎる。近い将来、貿易も伸び悩み、対米ドル人民元安へ推移するだろう。

トランプ大統領の対ロシア外交をどう見るのか。

 トランプ政権は、EUとの関係上、ロシアに経済制裁を科しているが、本音はクレムリンと関係改善して、習近平体制追い込みを狙っているのではないか。

 そして、トランプ大統領は日本や豪州、インドといった民主主義国家と結んで、中国の海外進出を阻止しようとしている。これは安倍政権が掲げる「セキュリティー・ダイヤモンド」構想と酷似している。

トランプ大統領は6月、北朝鮮の最高指導者である金正恩氏と会ったが、中国と北朝鮮の分断を狙ったという分析も出ている。

 初めトランプ大統領は、2国間の米朝直接対話を模索していたと思う。

 ところが、金正恩委員長が5月上旬、大連へ飛び、第2回目の中朝首脳会談を行って以来、中国の北朝鮮への影響力がにわかに大きくなった。そのため、翌月の米朝首脳会談は事実上、中国を加えた3国間交渉となった。仮に米国側が、6月の米朝首脳会談で中朝間分断を意図していたとしても、結果的に中朝関係は強化され、米国の狙いは失敗した。