「中国人」でなく「香港人」
「香港独立」という新潮流
自由インド太平洋連盟副会長 石井 英俊氏に聞く
香港独立派のリーダー・陳浩天氏が2020年のノーベル平和賞候補にノミネートされた。ノミネートに向けて取り組んだ、アジアの人権保護運動を行う「自由インド太平洋連盟」(ラビア・カーディル会長)の石井英俊副会長に話を聞いた。
(聞き手=石井孝秀)
9月選挙、民主運動高揚へ
不審死続出、抑圧強化懸念も
今回、陳浩天氏がノーベル平和賞にノミネートされた経緯は。

いしい・ひでとし 昭和51(1976)年、福岡市生まれ。九州大学経済学部卒業。経済団体職員、国政選挙立候補などを経て、2018年、チベット、ウイグル、南モンゴル、台湾、インド、日本による国際組織「自由インド太平洋連盟」を結成し、副会長に就任。アジア少数民族問題の専門家として国内外に幅広いネットワークを構築して活動している。
陳氏と私は16年以来の盟友で、平和賞ノミネートというのは私が昨年11月末に思い付いたアイデアだった。
陳氏は14年に行われた大規模デモ「雨傘運動」にメンバーの一人として参加していた。警察の介入による失敗後、彼はその時の経験から一国二制度に限界を感じたという。いつかは中国政府も民主化されるという考えは決して実現しないと悟ったのだ。16年に陳氏は香港独立を主張する政党「香港民族党」をつくった。香港の自由と人権、民主主義は中国から独立しなければ確立できないというのが彼の考えだ。
16年の香港立法会選挙に立候補したが認めらず、さらに18年9月には香港独立の主張は香港基本法に反するとして、同党の活動が禁じられた。これは他の活動家にも例がないことだ。それだけ中国政府や香港行政府から思想や発言が危険視されている。客観的に見ても、陳氏は香港政府から最も政治的弾圧を受けているリーダーであり、自由を求める香港人の象徴だ。私はそう考え、米国人歴史学者のジェイソン・モーガン博士を通じて平和賞に推薦してもらった。
独立を打ち出す背景には、「中国人」ではなく「香港人」というアイデンティティーがあると聞いた。
香港人は150年以上の英国領時代を経て、中国本土とは異なる文化的背景を持つようになったと陳氏は主張している。香港大学の調査によると、逃亡犯条例のデモ以降、「私は香港人」というアイデンティティーを持つ若者が約80%を占めるようになった。香港の若者たちの声を最も体現している活動家は陳氏だろう。
これまで香港では2回の大きな人口流出があった。1997年の英国の香港返還の際、共産主義の中国を嫌って香港から多くの人々がカナダやオーストラリアなどに移住した。雨傘運動の際も多くの人が海外へと流出しているが、若者たちにはその選択肢が与えられていない。さらに近年、学校教育が愛国教育に切り替わり、だんだんと自分たちの将来を悲観して危機感を抱くようになってきたという背景がある。
陳氏以外の活動家も「香港人」アイデンティティーを持つのか。
香港では小さな政党・グループが乱立しているが、彼らのアイデンティティーがそれぞれの政治的立場に影響を与えている。例えば、梁国雄(通称「長毛」)という有名な人物は、元立法会議員で香港の民主化のために戦う闘士というべき人物だ。
しかし、2012年ごろに尖閣諸島へ香港の活動家たちが上陸した事件があり、その首謀者だった。17年には香港の日本総領事館の前に、いわゆる従軍慰安婦の像を建てている。彼は反中国共産党だが、反日であり、さらに反米だ。本人はあくまで「中国人」であり、「香港人」のアイデンティティーは全くない。
雨傘運動の元学生団体リーダーである黄之鋒氏もアイデンティティーは「中国人」だ。国慶節の祝賀式典に雨傘運動のデモ隊が押し寄せて来た時、黄氏がデモ隊の前に立ちふさがり、中国人として国慶節は祝うべきと発言している。民主運動のヒロインとして注目を集めた周庭氏はSNS上で、「中国人」とは一線を画す意味での「香港人」について、「私はこのようなことを話したことも、考えたこともありません」と強調していた。
それぞれのグループの対立は激しく、暴力的な衝突はないものの政治的批判の応酬はかなりある。彼らの多くは天安門の民主運動の流れをくんでいるが、陳氏はそこから新しく派生した新しい潮流といえる。
今後、香港の民主運動はどう展開していくと見るのか。
よく過激化するデモ隊の映像がテレビに流れるが、あれにはリーダーが存在しておらず、SNSも含めて若者たち一人ひとりの判断で自然発生的に生じている。リーダーなき運動という点が雨傘運動との大きな違いだ。現在は新型肺炎のために一時的な小康状態にあるが、今年9月には立法会選挙が行われる。肺炎の騒動が収束していれば、また若者たちの民主運動は激しく盛り上がるだろう。
実は昨年、デモの激しかった期間には行方不明者や不審死がよく出ていた。死体が見つかっても警察は自殺として処理してしまう。例えば、10代の女性が裸の水死体で出てきて、たった一日で事件性なしの自殺と結論付けられたこともあった。
不審死が相次いだことで、警察に殺されるかもしれないという恐怖心が若者たちの間に広がった。彼らは警察に連れて行かれそうになると、名前とともに「私は絶対自殺しない!」と叫んでいた。その動画がネット上にたくさんアップされている。
昨年は台湾総統選挙を控えていたため、私も天安門事件のような虐殺はないだろうと見ていた。だが、これからは分からない。今後は中国政府がなりふり構わず、抑え込みに掛かる懸念もある。